粒沢らぼ。

当ブログでは現役生命科学系の研究者が、気になった論文を紹介したり、考えていることを共有したりしています。可能な限り意識を”低く”がモットー。たまに経済ネタとかも。
書いてる人:粒沢ツナ彦。本業は某バイオベンチャーで研究者をやっています。本名ではないです。
博士号(生命科学系)。時々演劇の脚本家、コント作家、YouTube動画編集者。アンチ竹中エバンジェリスト、ニワカ竹中ヘイゾロジスト。
Twitterアカウント:@TsubusawaBio←お仕事などの依頼もお気軽にこちらへ。

タグ:Vero細胞

先日紹介した、改変2型パラインフルエンザウイルスBC-hPIV2に病原体の遺伝情報を持たせることができれば、一回限りの感染と遺伝子発現を利用して、対象に免疫をつけることができるはずだ。

 
A versatile platform technology for recombinant vaccines using non-propagative human parainfluenza virus type 2 vector
Ohtsuka et al (2019) Sci Rep
https://doi.org/10.1038/s41598-019-49579-y
 

2019年の論文では、著者ら三重大/バイオコモの人たちはエボラウイルスに対するワクチンを試作している。

エボラウイルスのGPというタンパク質の情報をBC-hPIV2に持たせた“ワクチン”を作成し、マウスに筋肉注射で3週間ずつの間隔を開けて3回注入した。

さらに3週間後にマウスの血清を回収して、エボラウイルスの感染を抑える効果があるかを確認している。

 

Ohtsuka2019Fig5
↑上段a:hPIV2ワクチンの接種スケジュール。中段b:ワクチン済みマウスの血清がエボラのシュードタイプウイルスの感染を抑えるかどうか。BC-PIV2/EBOV-GP(エボラのタンパク質を入れたワクチン)では感染抑制がみられる。PBS(ただの塩水)とBC-PIV2/EGFP(全然違うタンパク質のワクチン)ではその効果はない。下段c:ADEの発生を白血球細胞で確かめる実験。BC-PIV2/EBOV-GPでは若干ADEが起きている。

 

厳密にいうと本物のエボラウイルスを使って実験は危険すぎるので、別のウイルスにエボラウイルスの外側のタンパク質を持たせた偽エボラウイルス(シュードウイルス)を使う実験系を用いている。

これならば感染したとしても毒性がないため、安全に実験が可能だ。

 

この実験で、BC-hPIV2ワクチン済みのマウスの血清を使えば、Vero細胞にシュードタイプウイルスが感染するのを防ぐことができると確かめられた。(上図のb)

血清の濃度が十分であれば、シュードタイプウイルスの感染を1/10に抑えることが可能だ。やったね。

 

ただし、著者らはワクチンの安全性の観点から、抗体感染増強(ADEの可能性についても実験している。

ADEというのは、ウイルスに結合する抗体があることで、条件次第ではかえってウイルスが細胞に感染して増殖しやすくなってしまうという現象のことだ。

ワクチンの安全性と言う観点からは非常に重要だ。

 

著者らは、白血球由来細胞(K562細胞)を使うことで、ADEが見られるかどうかを検証している。

白血球のような免疫系の細胞はもともとFcレセプターというタンパク質を使って抗体を取り込みやすい性質をもつ。

そのため、抗体がウイルスに結合すると、ウイルスごと抗体を取り込んでしまうことがあり、免疫細胞ではADEが発生しやすいのだ。

実験の結果、ワクチンによって作られる抗体の一部に、ADEの恐れがあることがわかった。(上図のc)

まあ、hPIV2に限らず、どんなワクチンでも起きる時は起きるらしいんだけどね。 
 

ADEが起きてしまったとしても、一部の抗体だけであればそれほど問題ではない。 

だが、ワクチンによってウイルスの増殖抑制が強く出るか、それともADEのようなマイナスの効果が強く出るかはケースバイケースだ。

したがって、個別のワクチンの有効性については慎重な検証が必要であると著者らは述べている。

 

自分たちにとってマイナスの情報もしっかり実験しているのは、好感が持てるなと思う。

 
あと、抗体ができてるかだけじゃなくて細胞性免疫に効果があるかどうかってのも一応検証しているようなのであした紹介しておこうかな。
 

続く。

 ワクチンなどの目的に適した、バイオコモというベンチャーの、自力で増殖できない2型パラインフルエンザウイルス(BC-hPIV2の話。


「改変ウイルスの側でFタンパク質を作ることができない?
なら、細胞に作らせればいいじゃないの。
とどこかの貴婦人が言ったとか言わないとか。

 

馴染みがない人もいるかもしれないが、実験室でウイルスを増殖・培養するのには、シャーレで培養する細胞(培養細胞)が用いられる

培養細胞はもともとはヒトとかサルとかの細胞だったのだが、普通の細胞と異なり無限回の分裂をすることができるように変化した細胞だ。

雑菌が入らないようにしながら培養液さえ与えておけば、無限に増やすことができる。

感染性のあるウイルスであれば、こうした培養細胞に感染させることで、いくらでも増やすことができる。

 

じゃあ感染性のないウイルスの場合はどうするかというと、ウイルスの遺伝情報を持つDNAを細胞に入れてやればいい

そうすると、培養細胞が遺伝情報を読み取り、ウイルスの遺伝子であるRNAとか、ウイルスの体を構成するタンパク質などを合成する。

 

BC-hPIV2の場合、Fタンパク質以外の遺伝情報は、上述のようにDNAの形で外から入れてやる

一方、Fタンパク質はどうするかというと、あらかじめ培養細胞を改変して作らせるのだ。

Vero細胞という、サル由来の培養細胞があるのだが、この細胞の遺伝子を改変することで、「常時、hPIV2Fタンパク質を作り続ける変なVero細胞(Vero/BC-F)」が出来上がる。

 

この細胞に感染したときのみ、Vero/BC-Fは完全なウイルスとして増殖できるのだ。

 
 OhtsukaFig3d

BC-hPIV2に緑色蛍光タンパク質GFPの情報を持たせた改変ウイルスを培養。Veroでは増えられないが、Vero/BC-Fの中では増殖する。感染した細胞はGFPを作るようになるので緑色になっている。

 

 OhtsukaFig3f

↑出来上がったウイルスEGFP-hPIV2ΔFは、通常のVero細胞では感染させても全く増えられない(白の棒グラフだが、ゼロになっているので見えない)が、Vero/BC-F細胞に感染したときは増えることができる(黒の棒グラフ)。縦軸はウイルス量。

 

感染してタンパク質作らせるのは一回限りというセーフティロックがかかった状態なのだ。

よくできたシステムだね。

この「一発屋」のウイルスなら、安全にワクチンとして活用できるというわけだ。

 

ウイルスの増やし方はわかったが、ワクチンとして使うには、病原体の一部を持たせることが大事だね?ってことで次回。
 

続く

昨日まで、5型パラインフルエンザウイルス(PIV5)を利用した、鼻から投与できるワクチンを紹介してみた。
こちらのウイルス改変体を用いたワクチンでは、ウイルス自体の増殖能力があるため、投与された人の体内でワクチンのウイルスが増殖してしまっていた。(前回参照)
これでは、安全性に疑問を持つ人もいるだろう。

一方、先日友人の某氏に教えてもらったとおり、三重大学出身のバイオコモというベンチャーでは、
2型パラインフルエンザウイルス(hPIV2)を改変したワクチンを開発している。

 

バイオコモのhPIV2を改変して利用するワクチン(BC-hPIV2)では、「ワクチンのウイルスに自己増殖能力がない」というところがポイントであるようだ。

これなら、ワクチン接種を希望しない人にまでワクチンが広がる可能性はほとんどない。

希望しない人にまでワクチンが広がるというのは、受け入れられないと思う人もきっと多いはずだ。
安心感を持たせる上でもこの配慮は非常に重要だろう。

 

Vero/BC-F: an efficient packaging cell line stably expressing F protein to generate single round-infectious human parainfluenza virus type 2 vector

Ohtsuka et al (2014) Gene Therapy

https://doi.org/10.1038/gt.2014.55

 

ワクチン用の改変パラインフルエンザウイルス(BC-hPIV2)では、ウイルスの増殖に必要なFというタンパク質をまるまる欠損させている

 
OhtsukaFig3a 

↑通常のPIV2のゲノム(上段)と、BC-hPIV2のゲノム(下段)。BC-hPIV2ではFタンパク質が欠損している。(今回の説明に不要な記号は、当方で消去しました)

 

Fタンパク質は、Fusion(融合)の頭文字が名前の由来であり、ウイルスの膜と感染相手の細胞の膜を融合させる機能がある。

この膜融合により、ウイルスの中身が細胞に入り込むことができるのだ。

だが、BC-hPIV2は、Fタンパク質を持たないため、感染を起こすことができない。

増殖することもできなければ、細胞にタンパク質を作らせることもできない。

もともと毒性は低いが、Fタンパク質の欠損により非常に無力で安全になったといえる。

 

だが、いくら安全でも増殖能を持たないのならばどうやってそのウイルスを増やしたりワクチンを製造したりするのか?という問題に突き当たる。

 

これを解決するのが、ウイルスのFタンパク質を作る特別な動物細胞Vero/BC-Fなのだ。

 

つづく

このページのトップヘ