粒沢らぼ。

当ブログでは現役生命科学系の研究者が、気になった論文を紹介したり、考えていることを共有したりしています。可能な限り意識を”低く”がモットー。たまに経済ネタとかも。
書いてる人:粒沢ツナ彦。本業は某バイオベンチャーで研究者をやっています。本名ではないです。
博士号(生命科学系)。時々演劇の脚本家、コント作家、YouTube動画編集者。アンチ竹中エバンジェリスト、ニワカ竹中ヘイゾロジスト。
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タグ:PCR

TaqManプローブを用いた一塩基多型の検出方法について調べた件の続き。(初回はこちら
なぜたった一塩基の違いだけではっきりとした差が見られるのか?
それだけで「DNA配列がプローブと一致している」か、それとも「DNA配列がプローブの塩基配列と一箇所だけ異なる」かを見分けられるものなのか?
一塩基の違いくらいじゃ、プローブはじゅうぶんに結合できてしまうんじゃないか?というのが粒沢としては疑問だったわけです。

これについて、開発者たちの論文(Livak et al, (1999)。前回参照)で議論されていました。

開発者らも、一塩基の違いだけでは、普通はたしかに間違ってるほうのプローブの結合そのものはどうしても起きてしまうと述べています。

 

しかし、いくつかの理由で、これは一塩基多型の解析をする上ではほとんど問題にはならないのだそうで。

まず間違っている方のプローブは、仮に結合したとしても一塩基のちがいのせいで「若干浮いてる」ような、ゆるい結合状態にしかならないと考えられるそうです。

そういう状態では、Taq DNAポリメラーゼによるプローブの切断効率が悪くなるらしいんですね。

「間違っているプローブはくっつきにくい」だけでなく「切断もされにくい」ため、両方のプローブを同時に入れておけば、正解のプローブの切断反応のほうが速く進むということのようです。

 

また、この実験から出て来るデータのパターンは、実質4つしかありません。

人間のほとんどの遺伝子は2倍体なので二つずつありますから、一塩基多型の領域も2つずつあって、だいたい多型は可能性のある塩基が2通りしかないことがほとんどです。

なので、仮にある位置にAもしくはCのどちらかがある、という多型だとしたら、

①両方の遺伝子がA

②片方がAで片方がC

③両方の遺伝子がC

④それ以外(反応失敗など)

4種類しか可能性がないというわけです。

 

実際には、たとえば①のような両方Aみたいな条件でも、Cの場合のDNAに結合する「間違った方のプローブ」も、多少は反応してしまうことがわかっているそうです。

LivakFig4up
↑正解がAのときにAのプローブとCのプローブを入れたときのシグナルの増え方。間違っているプローブからもシグナルが2割くらいは出てしまっている

 

ですが、「間違った方のプローブの切断」が多少起きてしまっても問題はありません。

なぜなら、「①の時に出て来るシグナルのパターン」や「③の時に出て来るシグナルのパターン」さえわかっていれば問題ないからです。

あらかじめ事前に経験的に「この場合はこういうパターンの結果が出て来る」というのを解析専用のプログラムに登録しておいて、それと比較を行うことで、①〜③のパターンのどれに相当するか、(あるいはどれとも合わないのか)を判定すれば、それで一塩基多型の判定が完了するということですね。


LivakFig3
↑遺伝子型の判定の様子。三つの型もしくは反応失敗が上手く分かれている。縦軸と横軸は純粋なシグナル量ではなく、「遺伝子型その1らしさ」「遺伝子型その2らしさ」で表現されているのがミソ。
 

なるほどねー。

 

はい、というわけで、今日の(あるいは3日間の)まとめ。

TaqManプローブさん、一塩基見分けられないでしょとか疑ってすんませんした!

昨日の続き。 

一塩基多型は病気になる可能性の予測や個人の特定に有用なので、簡単に一塩基多型を調べる方法があると便利という話でした。 

で、調べてみると、一塩基多型の解析をPCRの応用でできるようになっているんだなあと思った話です。

別に最新技術とかではなく、初出は20年くらい前の話らしい。

 

Allelic discrimination using fluorogenic probes and the 5' nuclease assay

Livak (1999) Genetic Analysis

https://doi.org/10.1016/S1050-3862(98)00019-9
 

PCRの増幅の検出に使われるTaqMan probeという試薬があって、このプローブはPCRでDNAが複製される時にPCRの酵素(Taq DNAポリメラーゼ)によって分解され、蛍光を発するようになります。

最近は新型コロナの迅速な検出(リアルタイムPCR)でも大活躍してますね。
 

専門用語でいうと5'エクソヌクレアーゼ活性というのが一部のPCR酵素には存在しています。
要はDNAを複製している時にDNA上に余計なDNA断片がくっついていると、これを分解するわけですね。

Taqmanプローブは、短いDNAの片方の末端に蛍光色素(R)が、もう片方の末端に蛍光色素の光るのを抑えるクエンチャー(Q)という分子が結合しているのです。

分解されると、クエンチャーと蛍光色素の距離が離れるので光るようになるわけっすね。

 LivakFig1

↑Livakの論文より。TaqManプローブの原理図。
 

で、これを応用した一塩基多型の判定方法があるんですね。

たとえばある一塩基多型の位置がAなのかそれともGなのか判別できる方法というわけです。

 

この方法では、二つの多型のパターンの塩基配列(この場合、たとえばGCAATGAとGCACTGAとか。例なので配列はテキトー。)に対応する、異なる色素のついたTaqManプローブを入れながらPCR反応を行わせるわけです。

もしGCAATGAが正解なら、前者のプローブの方が後者よりもよくDNA断片に結合して分解を受けます。

なので、前者のプローブの色素が多く検出されるわけですね。

反応でどちらの色素が多く検出されるようになったかをカメラなどで測定してやれば、どちらが正解だったかわかるというわけです。

LivakFig2
↑TaqManプローブを利用した、一塩基の違いの発見方法の概念図

たしかにそれだけ聞くとうまくいきそうな気もする。

 

ただ、それで出てきたデータを見ると、結果がものすごくクリアなんですよね。

はっきりと差が出過ぎてちょっと違和感があります。

たった一塩基の違いだけで、確実に二つの型を見分けられるほどの差が出るものでしょうか

一塩基の違いによるTaqManプローブの結合力の差はそんなに大きくはないはずなので、直感的予想としては上手く行かなそうな気がする、というのが自分が最初この説明を聞いた時の疑問だったんですね。

 

これについては、手法を開発したバイオテクノロジー企業の研究者(Livak)も疑問に思ってはいたようです。

なぜたった一塩基の違いだけではっきりとした差が見られるのかについて、論文で議論されていました。

字数的にこのへんにしとくか。

なぜはっきりと差が出るのかの詳細については、明日につづく。 


Dna-SNP.svg
最近は、一塩基多型(SNP)の検出方法についてちょっと調べていた。

SNPの検出って、DNAシークエンサーで読むんじゃなくて、PCRの応用で調べる手法もあるんだなと思ったのが直接のきっかけである。

PCRのプライマーやプローブで一個の塩基の違いを見分けるのは難しくないだろうか、というのが思ったことであったが、どうやらそうでもないようなのだ。

 

だが、まずはこのブログ的には一塩基多型(SNP)とは何かという話をさくっとしなければ。

 

生き物の遺伝情報は個体によって異なるというのは、みんな知ってる話。

だが、実は個体ごとに遺伝情報に差異が見つかりやすい部位というのは、ある程度決まっている。

 

そういう「差異が見つかりやすいDNA上の位置」の中で、一つのDNAの塩基(いわゆるAGCT)がピンポイントに個体によって異なるようなもの、一塩基多型Single Nucleotide Polymorphism = SNP、スニップ)と呼ぶ。

多型っていうのが耳慣れない人もいるかもわからないけれど、、ざっくりいうと人によって遺伝情報が違う場所のことだ。

 

ヒトのDNAの塩基対は30億くらいだといわれており、その中では大体1000塩基対に一個の割合で一塩基多型の場所があるということになっている。

 

こうした遺伝情報の違いは、個体に何の影響も及ぼさないことも多いが、ある位置の塩基が一つ異なるだけで病気になりやすいなどの影響がある場合もある。

そのような病気に直結するタイプの一塩基多型は特に医学・生物工学分野における注目度が高い

 

また、人によって異なるSNPを持つことを利用して、血液などから個人を特定するのにも使われることがある

どれくらいの数のSNPを調べれば、個人を間違いなく特定したと言えるのか。

軽く調べた感じだと、だいたい50とかそれくらいの数字が出てくる。

求める精度にもよるだろうが、だいたい40-50個くらいのSNP部位をチェックして、全てが一致すれば、ほぼ間違いなく個人が同定できたと言えるようである。

 

で、そういうSNPをどのように調べるかというといくつか手法があるのだが、TaqMan probe PCRを応用した方法がよく使われるようなのである。

前置きはそんくらいにして、次回はTaqman PCRを使ったSNPの検出方法についての自分が持った疑問点についてちょっと詳しく説明したい。

 

続く

韓国のRT-PCR検査キットが自動化に対応していた件について二日前に書いたが、韓国のバイオテク検査機器会社SeeGene自身も自動でPCRの分注操作を行う機械を出している。
(完全に余談だけど、製品名のNimbusっていうのは乱層雲のことで、ドラゴンボールの筋斗雲なんかも英語ではそう呼ぶらしい。ハリーポッターもニンバスっていうホウキに乗ってたね)
ただし、どうやらSeeGene自身で開発したわけではなく、米国のハミルトン社とライセンス契約を交わしてハミルトン社で開発された機械を売っているということのようである。
分注作業の様子はこちらの動画などで紹介されている。

最近はPCR検査で偽陰性や偽陽性が出ることが一般的にも認知されだして注目されているが、偽陰性はコロナウィルスの性質上しょうがない(感染する主な場所が肺の中なので検体を採取しにくい)としても、偽陽性はほとんどの場合人為的な操作ミスによるものであるだろうから、減らすことができるのではないかと粒沢は思う。
要するに、微量のRNAやDNAを検出するような検査なので、陽性だった検体からちょっとでも何かの弾みに本来陰性の検体にRNAやDNAが入ってしまえば偽陽性が出てしまうということだ。
例えば手袋にDNAが付着したまま検体のチューブの蓋を開けて蓋の裏に付着させてしまうとか、ピペット作業でうっかり検体を泡立てて空気中にウィルスやDNAを飛散させてしまうとか、そうした操作ミスが疑われる。

人間は繰り返し作業がそこまで得意ではないので、例えば疲労が蓄積してきた場合は失敗してしまいやすい。
もし作業工程を可能な限り自動化して、なおかつ機械の動作を正確にコントロールして飛沫を飛ばすなどの操作ミスが出ないようにすれば、偽陽性は皆無とは言わないまでも結構減らせるのではないだろうか。

実績のあるアメリカの企業から購入するのも必要だと思うけれど、できれば国内企業からそういう自動化製品を開発する流れにしたいものである。
贅沢だろうか?日本企業もそれぐらいの技術力は備わっているんじゃないかと思うけどね。
おそらく政府もそれぐらいは考えて長期的な技術開発や技術導入補助などの方針を立ててくれていると期待しているが、我々国民としてもそういう方向性に向かうよう政府に働きかけていくのがいいのかもしれないね。

あまりむかつく人の話はしたくないけれども、やはりしなければなるまいか。

今日(3月11日)の夕方、ソフトバンクの創業者として有名な孫正義が、わけのわからないことをツイッターで言い出して、おもいっきり目が点になってしまった。



いろいろなツイッタラー達が問題点を即座に指摘していたので、改めて粒沢から付け加えるまでもないと思いつつ、一応整理しておく。

孫正義の「提案」の問題点は(問題点しかないから厳選すると)、まず第一に「治療法が確立していない疾患を検査で確定することにほとんど意味がない」ということだろう。

検査で陽性が出たとして、死ぬかもしれないから医療機関を受診してくださいとでも言うのか?

そんなことをしたら病院が大パニックになって機能が麻痺してしまうし、仮にそうならなかったとしても重篤化していない患者に対して病院でできる事は何もない。

病院に出かけて行くだけ無駄なうえに、かえって感染を広げてしまう可能性が高く、何一ついいことなどないのだ。

 

第二の問題点は、「100万人を検査する」と言っているがどうするのかが全く不明である事だ。

粒沢はこう見えてお人好しなので、いくらなんでもさすがに何か大量に検体を処理するアイディアくらいはあるのかと思っていた。

例えば、ありあまるお金の力を使って自動的に大量の検体の検査をするロボットを新規開発しますとかそういう。

しかし、孫正義がやろうとしていることは、感染疑いのある人が自宅で検体を採取して既存の検査会社に送って検査してもらうと言うただそれだけのことだったようだ。

 

以前からこのブログでも、PCR検査がかなり大変であることを指摘している。

通常、熟練した検査担当者でも、1日で20-50個程度の検体を処理するのがやっとだろう。

そこに来ていきなりの100万人である。

一体誰が検査を担当するのか。

別に神業のようなスキルが要求されるわけではないが、だからといってそこら辺のバイトに出来るような仕事ではない。

慣れていない人ならミスをして誤った検査結果を出してしまうことがざらにある。

 

仮に孫正義が大量のお金で検査ができる人を雇ったとしても、他の検査機関から人手や試薬などのリソースを奪っていることになってしまう。

いくら孫正義が権力者で金持ちだからって、無から検査担当者や検査試薬を生み出すことなどできない。

資源が有限である以上必ずどこから奪ってくる必要があるのだ…。

多分、全くの思いつきで100万って言ったら目立てる程度の目論見しかなく、本当に何も考えていなかったんだと思う。
 

で、ここまで書いておいてなんだが、そもそも孫正義の言っている簡易PCR検査って何なんだろうか??

なんだ、簡易って?何が簡易なんだ?

政府が導入すると決めた15分でPCRができるようになるというマシンのことか?

あるいは、島津製作所が開発するといったRNA抽出を簡単にすると言う試薬のようなものを使うのだろうか?

これについて孫正義のツイートをよく見ると、ビルゲイツ財団と同じ手法だと言っているのでちょっと調べると…これか。

確かにビルゲイツの財団がキットを作って配ると言っている。

鼻の中から自分で検体を取って検査機関に送るためのキットらしい。

 

んーとね、それ何も簡易じゃない…。
記事読む限り、特に検査方法に新技術が使われているという風には見えないし。 

要するに自分で検体とるか医者がやるかが違うだけで、検査機関で担当者がやる作業としては普通にRT-PCRによる検査をやるわけですよね…。(現状、他にないし。。)

 

それは検査を受ける人はね、わざわざ医者行かなくてもちょこっと痛いの我慢して送ればいいだけだから簡易と言うのはまぁわかりますよ、話としては。

(そもそもコロナウィルスの検体を鼻から取るべきなのかとかそういう細かいことは一旦置いておくよ。)

でも検査をする人はね、間違えてコンタミさせたりしないようにめちゃめちゃ気を遣ってやらなきゃいけないから大変なんですよ…。

下手すりゃ人の生き死にがかかっている検査ですし、何回も言うてますけど、これどんなに効率よくやってもせいぜい一人で1日24人分の検体の検査反応を2セットもやったら時間的にも気力の面でも限界だと思いますよ。

それを100万人分??無償で??テストも検証もせずいきなり申し込み開始??
無理よ、混乱して崩壊するってマジで。テロだよ、現場からしたら恐怖だよ普通に…。

 

あ、やっぱりやめるって言ってるんですか?ほんとそれがいいと思いますもう寝ててください…。

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