粒沢らぼ。

当ブログでは現役生命科学系の研究者が、気になった論文を紹介したり、考えていることを共有したりしています。可能な限り意識を”低く”がモットー。たまに経済ネタとかも。
書いてる人:粒沢ツナ彦。本業は某バイオベンチャーで研究者をやっています。本名ではないです。
博士号(生命科学系)。時々演劇の脚本家、コント作家、YouTube動画編集者。アンチ竹中エバンジェリスト、ニワカ竹中ヘイゾロジスト。
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タグ:仕事

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目の前で起こる仕事上の問題
に対処するのはまあまあやりがいがある。

なんでこれは税金がかかるのにこっちはかからないんだ?とか。

なんでこの反応はうまくいくはずなのに失敗んだ?とか。

日々、訳の分からない問題が発生して、真面目に調べて考えると、理由がわかって解決したり、解決しないなりにどうにか回避できるようになったりする。

対応するのはそれなりに楽しい。


ところで話変わるけど、対戦ゲームが強い人の書いたブログ記事なんかを読んでいると、勝ち続けて上位帯で生き残るためには上位ランカーとやり合うための作戦をあらかじめ立てておく必要があるらしいことがわかる。

目の前の相手には対応するだけではだめで、相手が目の前に現れる前から対策を練り、方針を決めておく必要があるらしい。


あらかじめ仮説的にでも相手の戦略を仮定し、対応するストーリーを立てておく必要がある。

相手がこうくるから、こっちはこう対応する。

うまくいくかどうかはともかくとしても、そういう仮説は持っておく必要がある。

それから仮説が正しいかどうかの検証も必要で、なるべく予測精度を上げることも大事になってくる。


ゲームとして楽しむだけなら目の前の相手をやっつけるかやられるしかないのだけど、長期的に勝率を上げるとなると明確な戦略が重要になるようだ。


なかなかノープランでは勝てない。

そういうことなんだな。


目の前の相手に対応するだけではだめで、実は対戦が始まる前から勝負は始まっているのだ。

ゲームだけでなく現実世界も一緒なのだろう。

男の世界は長く険しい。


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全ての仕事ではないかもしれないけど、多くの仕事って、
人間性を総合的に評価される人生の集大成みたいなとこあるじゃん。

能力だけじゃなくて、人間として立派なやつだけが最終的に成功する、みたいな。


単純な学校の成績だけじゃなくて、友達の多さとか、誰からも好かれてポジティブかどうかとか、そういう好感度や誠実さも含めて、“優秀”ってことだったりするわけじゃないすか。


だから、失敗したり否定されるとメンタル的にはわりとしんどい部分もあるよね。

やっぱ俺は駄目なんだな、つー気分にもなる。


しかし、よく見てるユーチューブの人気ゲーム実況の人が「否定的なコメントがつくと結構数日へこむことある」みたいなこと言ってて、ユーチューバーも大変だと思いましたね。

ゲーム実況動画なんかも、圧倒的に上手い人とかを除けば結局トークの面白さとか人間的な人柄の良さとかが再生数に繋がるしなァ。

決して、ゲームの上手い人から順に再生されているわけではないのだ。

人気のあるユーチューバーの人は、なんかトークに味があって面白いのよね。


で、その同じユーチューバーの人が、「周りの実況者を見るとすごい人ばかりなんだけど、こんなにすごい人ばかりの中でも自分が評価されて見てもらえてるってすごいことだなと思って、自信を取り戻した」みたいなこと言ってらして、なるほどなと思うわけです。

まあ、平たく言えばその人は人間的にもすごくできた人だというのが言葉の端々からわかるので、人気があるわけなんですが。

そんな立派な人でもそんなことで悩んだりするんですねえ。


登録者が何万人もいるユーチューバーとは比べるまでもないけどさ、考えてみれば粒沢にも仕事で助けてくれる人や応援してくれる人がたしかにポツポツといたりする。

一人とか二人とかだけどね。

金銭的な損得を超えて応援や助力をくれる人というのは確かにいるのだ。

ありがてえもんです。

そういう人のことを考えると、自信なくしてる場合じゃなくてがんばらんとなと思いますね。


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がんばって仕事したのに、
うっかり電車乗り過ごしてタクシー代取られるとやんなっちまうねえ。

少ない給料のなかから趣味や飲み代捻出するためにがんばってんのにさ。

最寄り駅に着く直前で座席が空いたから座っちまった自分が悪いのか?

そうだよなあ。

疲れてたんだよオアーーッ。


こちとら別に終電間際まで働いたら残業手当が付く身分でもないのにヨォ。

タクシーチケットで居酒屋タクシーできるご身分でもないのにヨォ。

そもそも乗ったのも終電ですらないし。

乗り過ごすと折返しがないってだけなんだが。


おかしいなあ、それにしても仕事切り上げたときには終電まで一時間以上あったはずなんだが。

どうしてこうなった?

15分ぐらいようつべみながら休憩しちゃったのと。

ここまでやったらもう1つ雑務終わらせられそう、と思ってプラス20分。

後片付けや靴はいたりでプラス10分。

帰る前にトイレ寄ろうと思ったらいつも使ってるトイレが改装中で、遠くのトイレまで往復歩いてプラス10分。

電車の接続が悪くて乗り換えでめちゃくちゃ時間かかってプラス15分。

そんでうっかり電車寝過ごしてジ・エンドっすか。

なんてこったい。やれやれ。


それにしても、昨日良かったのは流石に同じ業務も3回くらいやると手順が頭に入ってスムーズにできるようになってくるな。

初めてやったときは独特のルールが多すぎて、どうしてこんなに複雑なのか、予期せぬトラップ多すぎだろ、と死にそうになったやつだけど。

何事もやれば慣れるな。

なんでも挑戦してみるもんである。


誰か褒めてくれなくていいから、仕事回してお金くれ。

同情するなら金おくれっ!!

レターパックで金送れ!!

(♪空と君との間には〜)


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若いやつの話を聞いてると、若いときの苦労はこうだったなあというのを思い出すね。

上司に怒られるとか、客に怒られるとか、誰かの不興を買って怒られるパターンが多い。

あとはひたすら働く時間が長い、とかもあるけどね。


なんで怒られるか聞いてみる。

事前に調整しておくべき相手がいるのを知らなかったりとか、部署間の認識の違いに対応できなかったりとか、客対応でできないことを約束しちゃったりとか、そんな感じらしい。

つまるところ、(自分以外の担当箇所も含めて)仕事全体の解像度が低く、勘所を理解していないから怒られてしまうということなのだろうね。


それが、年数を経て経験値を積んでいくと「ここの部署にあまり負担をかけないほうがいいな」とか「ここは自分でやったほうが早いな」とかの部分が増えてくるので、あんまり怒られなくなっていく。

とくに頑張ったり気を揉まなくても、「ここは、多分こうやっとけば怒られないよね」「多分この上司はここ突っ込んでくるから対策でこの資料も入れとこう」みたいな部分が増えていくので、そんなに疲れないで回せるようになっていく。

仕事のメインのしんどさが「怒られること」という感覚ではなくなっていく。

面倒な上司が定年や転職でいなくなるとか、自分が転職するとか、そういうことも往々にしてあるしね。


怒られなくなるのはいいんだけど、そのかわりに、責任を負わされてしくじると一気にカネがなくなるのがつらいところだね。

シンプルに困窮して立ち行かなくなる。

それが怖いといえば怖い。

しかし、怖がっていてもどうにもならん。


あと若いときはさ、苦労したことを誰かに聞いてほしかった気がするんだけど。

それで先輩に相談したらうまい解決策が見つかることもあるし。

人に話す、というのは割に有効だったりする。


いい年したベテランになってくると、大抵のことは「人に相談したところで特に解決はしない」ということがわかってきてしまう。

「こういう相談をしたら、“それは君ががんばるしかないね”みたいな返答が返ってくる」ということがそれまでの経験から予測できてしまうし、ほぼ必ずその通りになる。

だから、苦労したことを相談したいとか悩みを聞いてほしい、みたいな感覚がほぼなくなっていく。


それに、悩みを相談する側よりもされる側のほうが色々と有利なんだよね。

困ってても「何も困ってませんけど」みたいな顔してる方が何かと有利に立ち回りやすい、というのもある。

だからあんまり「悩んでます」とか言わない方がいいかもしれない。


とはいえ、若いのが悩みを聞いて欲しがるのを聞いて、「自分も20代はこんな感じだったな、と思ったよね。


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昨日の話からすると、いまChatGPTとかの自然言語処理AIにできることって、すべて「学習したデータにあること」なのよな。

「ChatGPT4はテトリスが作れてスゲー」みたいな話をツイッターで見たけど、たぶんテトリスの作り方も学習した中にあったんだと思う。

テトリスぐらいのシンプルなものだと、ネットのどこかにコードがまるまる転がっててもおかしくないしね。


と思って検索すると、普通に出てきた。


だえうホームページ「Python でのテトリスの作り方(サンプルスクリプト付き)」

他多数


やっぱり、普通に学習データの中にテトリスの作り方もあって、それを出力してくれただけ、である可能性が非常に高い。

というか、一つの疑問が。


ChatGPTみたいな自然言語処理AIがやってることって、結局「検索の代行」みたいなことだったりしない?


大量の学習データをAIに読み込ませて学習させる行為は、Google検索で出てきた文章を片っ端から学習させる行為とほぼイコールなわけで。

文章生成AIはこの世にある文章のほとんどを暗記して教えてくれるマンに等しい。

あとは、こちらの質問に応じて適切と思われるものを返せばいいだけだ。


それって要するに、何か知りたいことがあったときに「ぐぐる」か「文章生成AIに聞く」かの違いでしかなくないか


もちろん、目的が自分に合わせてアレンジした文章を作ることにある場合は、文章生成AIを使うと勝手に文章作成までやってくれるわけだから、修正込みでも速いのだろうけどね。


ウェブにある有象無象の文章ではなくて、比較的かっちりした美しくフォーマルな文章を中心に徹底的にトレーニングした、というところが強みではあるのだと思う。

だから、そういう文書を作る補助としては良いんだろうね。


そうじゃなくて、何かが知りたいとき、例えばテトリスのコードが知りたい、みたいなときは、自然言語処理のAIを使うのは普通にググってるのとあんま変わらないのではないか。
多少、以前よりも効率良くなった程度のことでしかないのではないか。 


そう思うと、我々はすでにGoogleのある世の中で何十年も生きてきたわけで、ここに自然言語処理AIが加わることで奪われる仕事というのは、実はほとんどないのではないか…という気もしてきますね。 

まあどうなるやら。


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