粒沢らぼ。

当ブログでは現役生命科学系の研究者が、気になった論文を紹介したり、考えていることを共有したりしています。可能な限り意識を”低く”がモットー。たまに経済ネタとかも。
書いてる人:粒沢ツナ彦。本業は某バイオベンチャーで研究者をやっています。本名ではないです。
博士号(生命科学系)。時々演劇の脚本家、コント作家、YouTube動画編集者。アンチ竹中エバンジェリスト、ニワカ竹中ヘイゾロジスト。
Twitterアカウント:@TsubusawaBio←お仕事などの依頼もお気軽にこちらへ。

タグ:ヒドロキシクロロキン

201002092919-03-trump-1001-medium-plus-169


トランプ大統領が新型コロナにかかってしまったらしい
が。

最近の報道によると、トランプ大統領はデキサメタゾンレムデジビルを投与されたらしい

 

デキサメタゾンは酸素吸入が必要なくらいには重症化した患者に処方されるものらしく、トランプ大統領の症状がかなり重かった時期があるのではないかと推測する人もいる。

 

一方で、「ヒドロキシクロロキンは使わないんですか」と思った人も多いんじゃないだろうか?

以前もこのブログで取り上げたとおり(ヒドロキシクロロキンが逆転勝利宣言をするのはまだ早い その①)、ヒドロキシクロロキンはトランプ大統領が一押しの薬だ。

まだ薬の効果がはっきりしない5月の段階でトランプ大統領がヒドロキシクロロキンは新型コロナに効くと発言したことから大きな論争を呼んだ

粒沢は、単にリップサービスしたんだろう位にしか思っていなかったが、より過激なことを言う人の中には製薬会社の陰謀説を唱える人もいる。

曰く、製薬会社は自社の儲けを優先するために安価ですぐに効果が出るヒドロキシクロロキンを捏造研究で否定し、他の薬を売り込もうとしている、のだそうだ。

 

粒沢としては、そういう製薬会社の陰謀はあるかもしれないけど、確実にそうだというほどの確信や期待も持てなかったのでこの件については保留していた。

 

最近の研究では、ヒドロキシクロロキンの有効性に否定的な結果ばかりが発表されているようだが。

まあそれも大御所の教授を押さえている製薬会社の陰謀の可能性はゼロじゃないかもしれない。

 

そして今回、まさにトランプ大統領本人が新型コロナにかかってしまったことによってある意味ではヒドロキシクロロキンの有効性を評価できるチャンスがあったといえる。

どうやら報道によるとトランプ大統領が一時期酸素吸入が必要なほど危険な状態に陥ったことも事実らしい。

それにもかかわらずトランプさんはヒドロキシクロロキンを服用しなかった

 

これはもう、さすがに決着で良いんでないかなあ。

5月の時点ではともかく、今の時点ではトランプを支持し支える立場の医師たちですらも、ヒドロキシクロロキンに大した価値を見出していないのだ。

もちろん、医師たちは製薬会社とつながっているから…というような「解釈」は完全に不可能と言うわけではないだろうが。

 

客観的に見て、ヒドロキシクロロキンはやっぱりコロナ治療薬としては大したことないのだ、と信じる方がよほど自然じゃないかな。

製薬会社の陰謀派の人には申し訳ないが、粒沢は今回のことでだいぶそっちに傾いたね。

昨日の続き。

 

ミシガン州の研究チームの研究で、なぜヒドロキシクロロキンの有効性があるという他の研究とは異なる結果が出たのか

研究を行ったHenry Ford Health Systems (HFHS) の医師たちの論文を読むと、

1. ヒドロキシクロロキンの投与開始のタイミング

2. 心臓疾患の悪化を防ぐためのモニタリング

2点が主にあるようだ。

 

1点目は、ヒドロキシクロロキンの投与開始が早いほど死亡率の改善効果が高いのではないか、ということだ。

例のCNNの記事によると、HFHSの著者らは「自分たちの研究では入院の初日か二日目からヒドロキシクロロキンを投与している。それに対して、ヒドロキシクロロキンの効果が出なかったとされる他の研究では、そこまで早期にヒドロキシクロロキンを投与しなかった可能性がある」と考えているようだ。

 

この点について、ヒドロキシクロロキンがそれほど有効でないと結論した論文のうちの1つ(Rosenberg et al, 2020 JAMA)の著者Eli Rosenbergは、CNNの記事中で「確かに多少の投与時期の違いはあったかもしれないが、例えば入院から7日以上経過してからヒドロキシクロロキンを投与したとかそのようなことではない。」と反論している。

 

確かに、Rosenbergらの論文を確認したところ、入院患者にヒドロキシクロロキンを投与開始するタイミングについて厳密にコントロールされていたわけではないようである。

ただし、患者の75%以上が入院の2日以内にヒドロキシクロロキンを投与されたという記述(Q1-Q3: 1-2 days)があり、Rosenbergの反論もそれなりに筋が通っているように見える。

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2766117

 

ただし、HFHSRosenbergらの研究以外でもヒドロキシクロロキンの効果を検証した論文はあり、それらの中には早期に治療を開始して良い結果を得た論文もいくつもあるようである。

投与開始のタイミングが早ければちゃんと有効に働くというのは、確かにありうることのようにも思われる。


ここでは結論は避けるが、とにかく、投与開始のタイミングが議論になっていることは間違いない


 

2点目は、HFHSの研究では、ヒドロキシクロロキンを投与された患者が心疾患で死なないように細心の注意が払われていたという点だ。

HFHSでは、患者にヒドロキシクロロキンを投与する際に、心電図のデータを元に、心疾患リスクのある患者をあらかじめ除外していたという。

また、ヒドロキシクロロキンを投与された患者でも、心疾患が発生していないか心電図などで入念なチェックを行なっていた。

これは、ヒドロキシクロロキンが副作用として心疾患による死亡率を上げる危険性が報告されていたため、医師たちが特に注意を払ったものと思われる。

 

発生する副作用をあらかじめ見越して入念なチェックを行うことは医療としては正しいが、ヒドロキシクロロキンの純粋な効果を検証するという意味では微妙になってしまう。

比較的健康な患者にヒドロキシクロロキンを投与したせいで、患者の予後が改善したように見えてしまう可能性もある。

入念に心電図などをチェックしたという点についても、「それだけ特別な注意を払って治療したから予後が他のグループより良いのでは?」というツッコミが成り立つ。

 

ただし、HFHSの筆者らの言うように、好意的に解釈すれば、ヒドロキシクロロキンを投与するとともに心疾患の発生にだけ注意していれば、ちゃんと治療効果はあるということの可能性もある。

この辺りもこの論文だけでは結論できないので、追加の研究がどうしても必要だ。

 
***
 

さて、前回はランダム化したアメリカイギリスの治験の結果の方が信頼できると書いたが、これらの治験については、それぞれのウェブサイトで結果の簡易的な報告しかなされておらず、正式な学術論文としてはどこにも発表されていないようだ

当初は自分の検索能力が低く見つけられてないだけで、まさかどこにも公開されていないということはないだろうと思ったのだが、そうでもなかったらしい。

そのため、どのような患者にどのような手順で治験が実行されたのかという詳細が全く不明である。

なので、混乱を招いたとしたら申し訳ないが、これらの治験の結果があるからヒドロキシクロロキンは有効でない可能性が高いと前回書いたのは今のところ撤回させていただきたい

今現在の粒沢の体感では、ヒドロキシクロロキンの効果があるかないかは五分五分になっている。

どのような結果が出るか、今後に注視したいと思う。

アメリカのミシガン州デトロイト市の研究機関Henry Ford Health System(以下HFHS)から発表された研究ではヒドロキシクロロキンは新型コロナ患者の死亡リスクを下げるという結果が出ており、これまでの世界中の研究結果の結論とは一見食い違うように見えることから議論を呼んでいる。(昨日の当ブログ記事を参照)

 

(本筋には全く関係ないけど、ヘンリー・フォードの名を冠した医療研究機関があるというのが、いかにも自動車で発展したモーター・タウンのデトロイトという感じだ。)

 

結論から言うと、「ヒドロキシクロロキンは有効(の見込みがある)!」というHFHSの臨床研究結果の最大の弱点は、ランダム化の処理が厳密に行われていないという点だ。

 

HFHSの研究では、一定の基準でヒドロキシクロロキンを投与するかどうかを判断しているため(明日の記事で書く予定)、ヒドロキシクロロキン投与群と対照群は同等とは言い難い。

患者を治療することに重点を置いているということだと解釈できるので、それ自体は緊急時の対応として間違っていないけれども、厳密な薬の評価になっているとはいえない部分がある。

 

一方、これまでヒドロキシクロロキンに効果が見られないと結論した米国の治験イギリスの治験では、このランダム化という点についても厳密に配慮した治験であるとされている。

 

本来、治験を行う際には「新薬を投与されたグループ」と「プラセボ(偽薬)を投与されたグループ」で症状の重症度や既往歴、治療方針などの偏りが出ないように、適切にランダム化がなされなければいけない

厳密にやる場合は、治療方針を決める医師すらも新薬なのかプラセボなのかを知らない状態で、患者に薬を渡して飲んでもらうという方法が取られることが多い。

もし医師が新薬か偽薬か知っていると、例えば医師が新薬にめちゃくちゃ期待しているとすると「この患者は治りそうだから新薬を投与しよう、そうすれば新薬の治療結果が大きいという結果が出るぞ…フヒヒ」というような恣意的な操作が可能になってしまうからだ。

 
random_medicine

 

要するに、新薬の評価の世界では、ランダム化が適切に行われているという研究成果の方が明らかに“強い”研究成果なのだ。

米国NIHやイギリスで行われたランダム化を行った治験結果の方が、明らかに“強い”、もしくは“信頼度が高い”成果であると考えるのが普通なのだ。

 

昨日紹介したCNNの記事でも、そこを最大限に強調する記事の結論になっている。

「ランダム化が行われていない、疑問の余地がある研究成果だが、ホワイトハウスのナバロ貿易顧問が『この薬は世界中の人々の命を救うことができる』と発言した…(アホくさw)」

という具合に記事は結ばれていた。

 

というわけで、正直申し上げて粒沢自身も、「HFHSの研究結果はのちに覆される可能性がそれなりにあるな…」と見ている

体感だけど、80%くらいの確率で覆されるんじゃないかと思う。

ただし、HFHSの論文を読み込んでみると、残り20%くらいヒドロキシクロロキンが逆転勝利する可能性もあるかもしれない、とも思う。

 

明日はヒドロキシクロロキンの逆転勝利の目について書く予定。

 抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンが新型コロナウィルスの患者の死亡リスクを下げたとするレポートがアメリカのミシガン州の研究機関から発表されたらしく、CNNでも取り上げられたそうで、それを紹介するツイートがちょっとバズっていた。

 



 

以前このブログでも書いたとおり、ヒドロキシクロロキンは「トランプ大統領が絶賛」したり「有名科学雑誌で治療効果があることが判明」したかと思えば、「有名科学雑誌の研究内容が捏造だと発覚」した上に「アメリカ国立衛生研究所の行った治験で新型コロナに有効ではないと結論」されて、「アメリカFDAが緊急使用承認を取り消し」されたという経緯がある。

この間、わずか1ヶ月ほどのことだ。

これほど世間の耳目を集めており、なおかつ有効性があるんだかないんだかわからない薬もなかなかないだろう。

 
20200519at25S_t
↑トランプさんがヒドロキシクロロキンを持ち上げたのは5月18日のこと(写真は時事ドットコムより)
 

それで、上記の通りヒドロキシクロロキンはトランプ大統領イチオシの薬であったために、反トランプ派から目の敵にされている節がある一方で、トランプの応援者には過度に持ち上げられる傾向がある。

上記のツイートの反応でも、「やはりトランプ大統領は正しかったのだ!」「トランプに敵対的な立場をとるCNNですら報じたんだからこれは確たる事実に違いない!」というようなコメントが見受けられる。

 

最終的にヒドロキシクロロキンがどうなるかは現段階では誰にもわからないが、少なくとも上記の反応は勇み足と言って良いだろう。

というのも、確かにCNNはヒドロキシクロロキンが患者の死亡率を下げる効果があるらしいと言う研究結果を紹介したが、まさに同じ記事の中で研究結果に疑問を呈する医療関係者の声を多数取り上げており、CNNの記事は手放しにヒドロキシクロロキンの効果を礼賛するような記事では全くない

要するに、「その研究結果、怪しくないですか?」というツッコミがいくつも入っているのである。

英語の記事を読んでもらえれば誰の目にも明らかなことなんだけど、どうやらほとんど誰もリンク先の英語の記事を読んでないようである。

 

ツッコミの具体的な内容については長くなるので一旦置いておくが(多分明日取り上げると思う)、一つ一つのツッコミはそれほどイチャモンとも思えず、科学的に真っ当なツッコミのように思われる。

もちろん、CNNが政治的に反トランプに偏っているのは疑いようがないので、本件でも研究結果に疑問を呈する人の声を恣意的に集めて記事にしただけ、という可能性はあると思う。

 

それはそれでありうると思うけれど、少なくとも「CNNが報道したから事実だ!」という解釈は明らかに間違っている、というのは断言していいだろう。

 


(一応、投稿者のBlah氏は「まだまだ研究の余地がある」と述べているので、Blah氏本人はギリギリセーフと言えなくもないラインではある。「トランプ憎しでデータを無視してきた」はちょっと言い過ぎな感じも受けるが)

 


  

別に粒沢はアンチトランプというわけでもなんでもなく、ぶっちゃけていえばむしろ好意的なくらいだが、だからと言って薬の有効性に関する議論が政治の党派性で左右されるのは好まない。

 

とりあえず、ヒドロキシクロロキンの有効性は現時点ではまだわからないと考えた方がいい。

トランプ大統領にシンパシーを感じる側の気持ちはわかるが、今の時点での勝利宣言は後になって墓穴となる可能性もある

笑うにはまだ早いので今しばらく辛抱していただきたいと思う。

新型コロナの治療薬として期待されていたヒドロキシクロロキン、治験の結果を検討した結果、新型コロナに対する治療効果はないと結論づけられたという。

WHOが治験の中止を発表しTBSのニュースサイト、米国FDAも緊急承認を取り消したと報道された(ブルームバーグ)。

 

ヒドロキシクロロキンは、ランセット論文でコロナウィルスに対する治療効果どころか、人体に有害であると言う結果が出てしまって、治験が一旦中止されることになった。

だが、そのランセット論文にデータ捏造があることが発覚して、大逆転で実は効果がちゃんとあるんじゃないか?という期待もあり(拙ブログ記事「ヒドロキシクロロキンやイベルメクチンのコロナ治療薬としての作用に関する論文がほぼ捏造確定の件)、治験が再開

だが、それから数日後には、英国で行われた治験の結果を分析したところ、有意な治療効果が全く見受けられないと言うことで、結局治験が中止になってしまったそうだ。

 

65日に治験プロジェクトのウェブサイトで報告されたところによると、1542のヒドロキシクロロキン投与群と、3140人の対称群とで、28日後の患者死亡率にほとんど差がなかったという結果になったそうだ。

投与群で25.7%が死亡、対称群では23.5%が死亡ということなので、有意差ではないが(p=0.10)投与された方の群がむしろ死亡率が高いという結果になってしまった。
 

粒沢の感想としては、二転三転してなんだかかわいそうである。

効果がないのは仕方ないけれど、捏造論文で振り回されたり、トランプ大統領の発言で波紋を読んだり、つくづく不運な星のもとに生まれた薬だという感じだ。

 

ただ、もしヒドロキシクロロキンが本当に効果があって、捏造論文のせいでその治験の実施や普及に悪影響が出たら大変なことだな思ったけど、幸か不幸かそういうことはなかったようだ。

ある意味、ややこしくなくて良かったのかもしれない。

 

供養の意味も込めて(?)、ヒドロキシクロロキンの通常の薬としての作用機序についてちょっと調べてみた。

ヒドロキシクロロキンはマラリアの治療薬である他、自己免疫疾患の一種である全身性エリテマトーデスの治療薬でもある。


自己免疫疾患の薬としてのヒドロキシクロロキンの作用メカニズムは以下のような説明がなされていた。

ヒドロキシクロロキンは弱アルカリ性の物質で、通常時は細胞膜を透過して細胞内に侵入することができると考えられている。
ヒドロキシクロロキンは、リソソームという細胞小器官に入り込んで蓄積する。
リソソームは細胞内でいらないものや取り込んだタンパク質の分解を行う。
リソソーム内は酸性であるが、酸性環境だとリソソームは細胞膜を通り抜けることができなくなるのだ。 

また、蓄積したヒドロキシクロロキンは、リソソーム内の酸を中和してアルカリ化してしまう。

そうすると、リソソームの機能が低下してタンパク質を分解しにくくなり、免疫細胞が攻撃対象を分析して抗原提示する力も弱くなるため、過剰な自己免疫反応も抑えられる、という理屈らしい。

 
 

また、マラリアの治療薬としての効果は以下のように考えられているらしい。
ヒドロキシクロロキンは、上記と同様にマラリア原虫の細胞内に侵入して蓄積し、“ヘム”がまとまるのを防ぐと考えられている。
ph_malaria03 

マラリア原虫は、赤血球に寄生し、血球の中でタンパク質などを次々食べて破壊する。(上図。写真は海外旅行と病気.orgより拝借いたしました)

血液の酸素結合タンパク質ヘモグロビンをマラリア が食べて分解すると、”ヘム”という物質が出てきてしまう

このヘムは、ヘモグロビンに格納されているときは何の問題もないが、分解されて遊離の状態になると、マラリア原虫含めた多くの細胞にとって毒物になる。
そのため、通常はマラリアの細胞内で、ヘムが悪さをしないようにガチガチに固めて(凝集させて)封じ込めている。(この凝集体をヘモゾインと呼ぶ)

だが、ヒドロキシクロロキンのような薬剤はこのヘムに結合してしまって、固める作用を弱くしてしまう。

結果的に、ヘムの毒性を抑えられなくなって、マラリアが死ぬ…というのが現在受け入れられている仮説なんだそうだ。

 
ヒドロキシクロロキンは、コロナ以外の分野で今後とも活躍してくれることだろう…。(雑まとめ)

 

 参考文献
"Mechanisms of action of hydroxychloroquine and chloroquine: implications for rheumatology" Schrezenmeier et al, Nature Reviews Rheumatology
「マラリア」海外旅行と病気.org
Wikipedia "hemozoin"
 

このページのトップヘ