粒沢らぼ。

当ブログでは現役生命科学系の研究者が、気になった論文を紹介したり、考えていることを共有したりしています。可能な限り意識を”低く”がモットー。たまに経済ネタとかも。
書いてる人:粒沢ツナ彦。本業は某バイオベンチャーで研究者をやっています。本名ではないです。
博士号(生命科学系)。時々演劇の脚本家、コント作家、YouTube動画編集者。アンチ竹中エバンジェリスト、ニワカ竹中ヘイゾロジスト。
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タグ:パラインフルエンザウイルス

2型パラインフルエンザウイルスという無害なウイルスを用いた、経鼻(鼻スプレー)タイプのワクチンの研究。(その①はこちら)

マウスを使った動物実験の結果は一部は期待通りだったが、一部はちょっと変なことになってしまった。
だが、ハムスターの細胞は、マウスとは違ってヒト並みに2型パラインフルエンザウイルスに感染し、ウイルスのタンパク質を効率よくつくるらしい。(その②参照)

そこで、Ohtsukaらの研究では、ハムスターを使った動物実験を改めて行った。

初めからハムスター使っておけば…という気もするが、なかなか未知のものを相手にする実際の研究ではそううまくいかないもんである。


ハムスターにワクチンを投与する実験では、ワクチンを1回接種してから9週間後or10週間後の血清を回収。
この血清(×30希釈)が、新型コロナのスパイクタンパク質の働きを抑えるかどうかを、偽コロナの実験で検証した。
その結果、ワクチン1回しか接種してないのにもかかわらず、スパイクタンパク質の働きは血清で95%くらい阻害された

Ohtsuka2021-fig7B
↑ハムスターで、ワクチン後の血清のスパイクタンパク質阻害実験。ワクチンなし(青)にくらべ、ワクチン1回目投与から10週(オレンジ)もしくは9週(緑)で高い阻害効果を示している。Ohtsuka et al (2021)より。

1回の接種でも強いスパイク抑制ということは、マウスのときよりもよく効いている。

これは、マウスとハムスターの細胞の、パラインフルエンザウイルス許容度の違いによるものと考えられている。

そうであるなら、ハムスターのときの結果がよりヒトに適用した場合の結果に近いだろう。


さらに、ハムスターの鼻の奥の粘膜がウイルスを防ぐかどうかを調べるため、次の実験が行われた。

まずハムスターの鼻から生きた新型コロナのウイルスを投与する。

そして三日後に鼻の奥の液を集めてきて、感染力を保持しているウイルスの存在量を分析した。


すると、ワクチン1回のグループでは、接種なしグループよりも、鼻の奥にいるウイルスが1/10 ~ 1/100程度になっていた。


また、ワクチン2回のグループでは、ウイルスの存在量が1億分の1程度にまで減っており、ほぼ検出されなかった。

Ohtsuka2021-fig7D
 
↑ハムスターで、感染処理後3日後の、鼻の奥の新型コロナウイルス検出数。ワクチンなし(青)、ワクチン1回目投与から11週(オレンジ)もしくは2回目投与から2週(緑)。特に2回目投与後は、鼻の奥でウイルスがほとんど生存しないらしい。Ohtsuka et al (2021)より。


つまり、新型コロナの鼻の奥でのウイルス増殖が、IgAの効果で抑えられたり不活性化されたりしている可能性が高い。
ハムスターの場合は、パラインフルエンザワクチンの鼻スプレーで、ちゃんと予防効果もあると考えてよさそうだ。 


ヒトに適用したときにどうなるかだが、願わくば、ハムスターの場合の同等の良好な結果になってほしいものだね。


実用化に向けては、もちろんヒトにおける治験が欠かせない。

日本国内では最近感染者が少ないので、十分な治験が行えない可能性がありそうだ。

ドイツあたりで試させてくれないかな。
EUは日本産の製品の治験に非協力的なイメージあるから厳しいかもしれません。

金銭面だけでなく、他国との便宜を調整する意味でも、詳しい人や人脈ある人の協力がほしいとこですね。


頑張ってほしいし、いろんな人が協力して治験させてあげてほしいな。


2型パラインフルエンザウイルスという無害なウイルスを用いた、経鼻(鼻スプレー)タイプのワクチンの研究。
マウスを用いた動物実験で、ワクチン2回接種で新型コロナのスパイクタンパク質の結合力を抑える抗体が血中や鼻の粘膜にできることがわかった。(その①参照)
とくに鼻の粘膜でスパイクタンパク質を抑える抗体ができたことは、IgAが鼻の粘膜に出てきて感染予防するという仮説を間接的に支持する
いい感じだ。

だが、その後の本物の新型コロナのウイルスを使った実験では、ちょっと微妙な成果になってしまう。
ワクチン2回投与されたマウス4匹のうち、3匹については本物の新型コロナのウイルスが実験用細胞に感染するのを抑えることがわかった。
だが、4匹のうち1匹の血清が、本物の新型コロナのウイルスの感染を防ぐ効果はあまり強くないという結果になってしまったのだ。

え?スパイクタンパク質のACE2結合はばっちり阻害したのに?
と思ってしまったが、そうなのである。

ここはすこしややこしいので丁寧な補足が必要か。
スパイクタンパク質とACE2の結合力阻害実験では、本物の新型コロナを使っているわけではない。
無関係なウイルスの表面に新型コロナのタンパク質を生やしたものを使うのだ。
そのほうが格段に安全だし、したがって取り扱いも楽だからね。
この「偽コロナ」は実験用に簡単に買うことができる。

そして、その偽コロナを使った実験では、ワクチンを2回接種した4匹のマウスの血清全てが、同じくらい良好な阻害効果を示していたのだ。

 Ohtsuka2021-fig6E
↑ワクチン2回接種群(ピンク)の血清の、スパイクタンパク質の結合力抑制結果。横軸の4860は、4860倍に血清を希釈しても効果があったことを示す。4匹のマウス全て、だいたい同等の効果があった。Ohtsuka et al (2021)より。

だが、全く同じ血清を使ったのに、本物の新型コロナの実験の時には4匹の間で明らかに#2だけが、本物の新型コロナの感染を抑える効果が低かったという。

類似の実験で結果が食い違うという非常に解釈が難しい結果になってしまった。
まあ、生物学実験ではわりとあるあるではある。

著者らによれば実験動物にマウスを使ったせいかもしれないという。
本来、2型パラインフルエンザウイルスはヒトの感染症。
マウスの細胞は仮に2型パラインフルエンザウイルスに感染したとしても、ウイルスやウイルス由来のタンパク質を合成する量が少ないらしい。
そのことが、免疫がいまいち弱い理由につながっているかもしれないのだという。

この部分の説明は今一つすっきりしないが、ともかくマウスではなくほかの動物を使うべきなのでは?ということになる。
そこで著書らはハムスターを使った実験もおこなっている。
ハムスターは、ヒトのパラインフルエンザにばっちり感染することがわかっていたからだ。

続く。

Ohtsuka-abstract-hamster
↑Ohtsuka et alの要旨の図の一部。

以前取り上げた、パラインフルエンザウイルスを利用した経鼻(鼻スプレー)ワクチン
動物実験の結果、新型コロナの対策にもちゃんと有望そうだという論文がiScience誌に出ていた件について紹介しようかな。

Non-propagative human parainfluenza virus type 2 nasal vaccine robustly protects the upper and lower airways against SARS-CoV-2
Ohtsuka et al (2021), iScience
https://doi.org/10.1016/j.isci.2021.103379

まずはおさらいから。
2型パラインフルエンザウイルスを用いたワクチンは、三重大学および大学発のバイオベンチャー、バイオコモ社が開発している技術。
安全性が高く、製造コストも低く、注射いらずなので接種も簡単であると期待される。
また、鼻から投与することでIgA抗体が鼻や喉の分泌液に出てくるようになり、ウイルスの感染防止にも効果がある、という可能性もあると言われていた。

2型パラインフルエンザウイルスは感染しても目立った症状を引き起こさない
そのため、体内で免疫ができにくく、何度でも感染することが可能だと考えられる。

このウイルスに病原体のタンパク質の情報やタンパク質そのものを持たせて鼻から注入すると、鼻や上気道の細胞に感染する。
細胞の中で病原体のタンパク質が作られるので、それに応答する形で、体に免疫がつくのだ。 
この際、増殖能力を欠損させておくことで、不必要に2型パラインフルエンザウイルスか増えるのを防ぐことができる。
(どうやって増殖能力を欠損させたウイルスを作るのかは、以前紹介した

この技術を使って、新型コロナのワクチンが作れたらいいなと思っていたのだが、開発者の三重大学の野阪教授が以前テレビ番組で語っていたところだと、なかなか資金や援助が集まらなくて苦労されていたようだ。
せっかくの国産の有望な技術なのだから、国でも企業でもいいけど、しっかり後押しして欲しいもんである。

さて、今回の論文である。
平たく言うと、新型コロナのワクチンを作るのにも、2型パラインフルエンザウイルスが使えそうだと言う話だ。

マウスの鼻から1回、もしくは4週間あけて2回にわたって2型パラインフルエンザウイルスワクチンを投与した。
1回目から5週間後に、血清中のIgG抗体、及び鼻の奥の粘膜のIgA抗体の量をテスト。
すると、血清も鼻の奥の粘膜の液も、新型コロナのSタンパク質に結合する抗体(IgAもしくはIgG)が存在することがわかった。

Ohtsuka2021-fig6CD

↑ワクチン接種後の血清(上段)及び鼻の奥の粘液(下段)のSタンパク質結合抗体の量。1xBC-PIV/S-2PMが、1回接種。2xBC-PIV/S-2PMが、4週間あけて2回接種。他はプラセボなどに相当する対照実験。Ohtsuka et al (2021) より。


加えて、ワクチン接種マウスの血清は、新型コロナのスパイクタンパク質とACE2(人間側の細胞に存在する、新型コロナが結合するタンパク質)の結合力を減らすことができることも確かめられた。

要するに、いけそうということだ。
それだけじゃ何だから、明日以降もう少し詳しく見ていくことにしよう。


houdou1930nozaka
先日当ブログで紹介した日本のベンチャーであるバイオコモ社のパラインフルエンザ2型ウィルスのワクチンが、ちょっと前にBS-TBSのテレビ番組で特集されていました。(BS-TBS 『報道1930』 8月3日の放送)
内容に興味があったので、録画して拝見しました。
1時間半の番組で、最初の30分くらいは普通のコロナ対策の話でしたが、それ以降は徹底的にバイオコモの経鼻ワクチン(番組では鼻スプレーワクチンと呼んでいた)の紹介とそれに関する討論が行われていました。

経鼻ワクチンの研究をバイオコモと一緒に行っている三重大学の野阪哲哉先生、それと自民党の古川俊治議員、立憲民主党の岡本充功議員が出演されていました。
医師でもあられる古川・岡本両議員の質問が非常に的確で、現状をよく理解されていると感じました。
若干込み入った内容でしたが、とても面白かったです。

それにしても、番組で各国がワクチンを次々に開発する中、どうして日本はこうした経鼻ワクチンの研究開発が遅れているのかと言う議論になったんですが。
三重大学の野阪哲哉先生が、「ワクチンの開発には治験をやるのにお金が必要なのだけれど、そのお金を全然つけてもらえない」という趣旨のことを言っておられたのが印象的で。

ワクチンの治験をやるためには同じ品質のワクチンをそれなりの量で用意しなければならないので、だいたい2億円くらいはお金がかかってしまうとのこと。
そのお金を出してもらえないかと国に何度も申請をしているのに、いっこうにお金をつけてもらえないそうです。
野阪先生の口ぶりが、要望というよりも半分諦め気味だったのが、すごく粒沢の印象に残りました。

2億くらい、誰かお金出してあげればいいのに…。
国や大企業からしたら、2億程度なら大したお金でもないわけじゃないですか。

そりゃ、100%うまくいくかどうかはわかりませんけどね。
治験やってみたら思うような効果が出なかったということになる可能性もあるでしょう。
でも、治験をやらなきゃそれすらもわからないじゃないですか。

せっかく、すぐに役立ちそうなところまで来てるのに、こうした研究にお金をつけてあげられない理由が本当によくわかりません。
日本独自の技術で日本の医療を変えられるかもしれないのに。。

やはり、野阪先生の所属が、(失礼ながら)東大みたいなトップ大学じゃないから軽く見られているのでしょうか。
大学入試の難度と、そこで行われている研究が優れているかどうかは、全く関係ないんですけどね。
有名大学偏重の予算配分の傾向が年々強まっていると噂に聞きますが、亡国の道を歩んでいるなぁと思います。

出演されていた古川議員と岡本議員には、それだけの能力と実力のある方々だと思いますので、ぜひ現状を変えていただきたいなと思いましたね。

(寝落ちて遅刻してしまいましたが、8/18の分の記事です。) 

バイオコモのBC-hPIV2ワクチンの論文の件の続きだ。
抗体の誘導だけでなく、細胞性免疫の活性化にも使えることもデモンストレーションしている。

 

ヒトやマウスの体には、抗体による免疫(液性免疫)の他に、免疫細胞が病原体に感染した細胞を排除するように働く仕組み(細胞性免疫)もある。

樹状細胞が異物(抗原)を食べると、その抗原の形を他の免疫細胞に伝え、キラーT細胞(細胞障害性T細胞やCD8+細胞とも)が活性化される。

活性化されたキラーT細胞は、ウイルスに感染した細胞を見つけて毒素を出して死なせる

 

こうした仕組みを適切に誘導できるのであれば、病原体だけでなくがんの抑制にも効果があるかもしれない。(がん免疫療法)

がん細胞に特徴的な細胞外の構造を抗原として認識させてやれば、体が自動的にがん細胞を攻撃するようになるかもしれないのだ。

 

1回限りのパラインフルエンザBC-hPIV2に、がん細胞の表面で多く見られるgp100WT1という2種類のペプチド(みじかいタンパク質)の遺伝情報を持たせておく。

gp100とWT1はがん細胞の目印として使えるといわれているのだ。 

あらかじめがん細胞を植えておいたマウスにこのパラインフルエンザワクチンを与えると、まるで抗がん剤のように、がん細胞を減らすことができたという。

Ohtsuka2019Fig6b
↑上段a: がん細胞を減らす実験のスケジュール。下段b: BC-hPIV2にgp100やWT1を持たせたワクチン(赤、遺伝情報を不活化している)は、食塩水の対照実験(青)と比べて、がん細胞の増殖が抑えられている。抗がん剤(緑)と同じような効果があった。
 

また、がん細胞の周囲にキラーT細胞が集まってきているのも確認されたという。


Ohtsuka2019Fig6d3
↑がん細胞(tumor cells)に集まってきたキラーT細胞(赤)。
青いのは両方の細胞の核。

どうやら細胞性免疫が活性化されているのは確からしい。

 

 

ちなみにこの細胞性免疫の効果を出すのに、パラインフルエンザの持っている遺伝情報は別にいらないらしい。

パラインフルエンザウイルスはgp100WT1の遺伝情報をただ運んで対象の細胞に作らせるだけではなく、ペプチドを自分自身の体に生やしている

この生えてるペプチドが、異物として樹状細胞に取り込まれることで細胞性免疫を誘発してくれるのだそうだ。
どちらかというとウイルスを不活化したワクチンに近い感じだね。 

たとえ一回限りでも、パラインフルエンザを感染させたくない時もあるのかな?その辺はあんまり書いてなかったけど。
まあ、必要であればそういうことも可能だってことみたいだね。

 

つーわけでBC-hPIV2はワクチンとして実際にいろいろと使えるし効果あるよ、というデモンストレーション的な論文でした。

mRNAワクチンもいいらしいけれど、国内でいざという時に役に立つ技術を持っておくことはいいことなんじゃないかとおもいます。

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