粒沢らぼ。

当ブログでは現役生命科学系の研究者が、気になった論文を紹介したり、考えていることを共有したりしています。可能な限り意識を”低く”がモットー。たまに経済ネタとかも。
書いてる人:粒沢ツナ彦。本業は某バイオベンチャーで研究者をやっています。本名ではないです。
博士号(生命科学系)。時々演劇の脚本家、コント作家、YouTube動画編集者。アンチ竹中エバンジェリスト、ニワカ竹中ヘイゾロジスト。
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そういうわけで、認知症治療薬(自称)のアデュカヌマブはなんとかFDAに承認されたはいいけど、いろいろ問題が山積み
(大規模治験編その①はこちら

いろいろ詳しくみてきたけど、自分が老境に差し掛かった時に、アデュカヌマブを使って認知症を防ぎたいと思うかと言うと、現時点ではやっぱりノーだなあ。

よっぽどお金が有り余ってたら別かもしれないけどね。

じゃあ今後はどうなるのって話ですが。
今後のアデュカヌマブがらみの注目ポイントとしては、以下のような点にまとめられると思う。

1. 利用者にとっての価格は?保険適用になるのか?
価格が量産化で安くなったり、保険適用になったりすれば、利用者は増える。
だが、公的な保険適用で賄う場合は、薬を使わない納税者への説明は非常に難しくなると思う。
今の時点では粒沢は反対だなあ。
やるなら、「アデュカヌマブ使うかもプラン」みたいなのを用意して、あらかじめ高額の保険料を上乗せして払った人だけにすべきじゃないかな。

2. 薬の効果が出やすい条件は見つかるのか?
今の時点では、薬の効果が出る人と出ない人がいる。
薬の効果が出ない人に高価な薬を投与するのは、副作用の懸念もさることながら、薬を”無駄打ち”することになるので、成果報酬型の価格設定の元では薬価の高騰につながってしまう。
なるべくなら、効果が出る人に限定して薬を使いたいよね。
EMERGEやENGAGEの治験と同じような投与の仕方をしても、やっぱり微妙な結果しか出ないだろう。
ただ、もしかすると「ある特定の条件に合致した人(何らかの遺伝的な変異をもつとか、脳内のアミロイド量がいくつ以上とか)には、有効性が高い」といった条件が今後見つかってくるかもしれない
そうなれば、アデュカヌマブの利用価値が上がるという展開も一応ワンチャンある。
逆に、そういう条件でも見つからないと、承認後再審査を突破するのは、現実問題そうとう厳しいだろうね。

3. 長期間投与すると薬の効果はどうなるのか?
あとは、長期間投与したときの認知症抑制効果がどれくらいなのかも気になるな。
治験だと1年半くらいしか投与できなかったけど、それ以上ずっと継続したら、認知症進行抑制の差がプラセボ群と投与群の間で大きくなる可能性も一応あるよね。
長い間投与し続ければ重篤化をかなり抑えられるというなら、面白くなるかもなあ。

4. アミロイドを標的とする以外の戦略は?

科学や医療に詳しい専門家たちも、さすがに今回の件はどちらかというと失望気味の反応の方が大きいようで、「βアミロイドをを減らせば認知症進行を抑えられるはず」という戦略そのものがオワコンなのであきらメロンと指摘する声もある。(Herrup and Goulazian "Bad medicine: aducanumab is a lackluster drug with a high price tag"とか)

なにしろ、アデュカヌマブはβアミロイドをはっきりと現象させたのにもかかわらず、認知症の改善・予防効果はかなり限定的だったからね。

代わりに、それ以外の手法に注目が集まりつつある。
たとえば、タウというタンパク質も認知症の原因であるといわれており、これを標的とする治療法が開発研究されている。(abcam「タウ・タンパク質とアルツハイマー病」
βアミロイドに見切りをつけた製薬会社や投資家たちが、今後はこうした別手法による認知症治療に投資をしてくるだろう。
仮に、きちんと効果があって、安価で、副作用の心配のない治療法が見つかったら、すごいインパクトだし、儲けもすごいことになるわけだからね。
そういうので今後いけそうなやつが出てくるかどうか、ですね。
なんにせよ、人類が認知症治療そのものを諦めるには、まだ早すぎるということのようだ。


じゃあこの話はこのへんで。お疲れ様でした〜。

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ここまでのあらすじ。(大規模治験編その①は
こちら

アデュカヌマブは認知症の改善効果がそれほど強くないのに、相当な高額である。

もし、公的な保険制度の適用対象となってしまった場合は、治療効果が微妙なくせに異様に保険制度の収支を悪化させる原因になりうるのだ。


アメリカでは、日本のような国民皆保険ではないが、高齢者(65歳以上)か障害者であれば加入する公的な医療保険制度のメディケアというものがある。

製造元のバイオジェン社としては、アデュカヌマブがこうした医療保険制度の対象になることを狙っていたと言われる。

もし認められれば、自己負担割合は基本的に20%(自己負担上限額なし)なので、「8割引」で利用できることになる。

 

そうすれば確かに利用者にとっては「利用しやすくなる」し製薬会社(バイオジェン)も儲かるが、残り8割の負担を求められる保険の方は大変だ。

なにしろ、痴呆症は「何万人に一人の難病」のような生やさしいものではない

誰でも歳をとってくれば、自然になってしまう可能性がある。

しかも、アデュカヌマブのデータが発表されている通りなら、「重度の認知症になってしまった後」にアデュカヌマブを一生懸命注射しても、ほとんど意味がない

「認知症と言っても症状が軽く、比較的健常者に近い段階の人」が薬を使うことで、それ以上の認知症の進行を抑えようという薬だったはずだ。

 

え?そんなおじいさんやおばあさんめっちゃたくさんいるよね??それめっちゃ対象者多くない?」

そうなのである。

ぶっちゃけ、認知症が恐ければ(お金の問題と副作用の懸念さえクリアできるなら)健康な人であっても、薬を使うメリットがあるかもしれないのだ。

 

こんな具合なので、この薬の潜在的なユーザーは高齢者のほぼ全員と言ってもいいレベルで、アホみたいに多いのである。

その高齢者たちが、もし仮にこぞって公的な保険を活用してアデュカヌマブを投与し出したら何が起こるか

年間費用が560万円と試算されている薬(保険側が8割負担でも)を、である。

小学生でもわかるように、保険制度が破たんしてしまう。

 

それを防ぐために、米国の地方自治体(メディケアの運営者たち)はある「対策」に乗り出した

Forbesの記事によると、メディケアの規約が今年の2月に改正されて、「メディケアの保険適用の対象となるのは、合理的でありかつ必要な医療のみである」「合理的で必要とはすなわち、効率的かつ安全であり、実験的ではない治療法である」との文言が加わることになった。

これはアデュカヌマブの登場に対する対策なのではないか、と一部でささやかれているらしいのだ。

 

アメリカのICERという研究機関の推計によると、公開されているアデュカヌマブのデータから推計した場合、薬を使用することによって患者が得られる利益を金額に換算すると、およそ年間2,500ドルから8,300ドルの間ではないかと言われている。

一方、薬の価格は先ほど述べたように一年あたりでおよそ560,000ドルと言う事だから、これは明らかに「効率的ではない」のではないかというわけだ。

 

もし新薬が公的な保険制度の対象にならないのであれば、保険の破たんはとりあえず防がれる。

だが、その場合、薬が目論見通りに売れず、コストを回収することもできず、バイオジェン社は大変苦しい立場に立たされる可能性が高いだろう。

 

さてさて、どうなるやら見ものである。

 

次でラストかな。

 

続く

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ここまでのあらすじ。(大規模治験編その①は
こちら

新薬アデュカヌマブは認知症の改善効果がなくはないようだが、エビデンスとしては弱い

だが、FDA側もとうとう折れて、アデュカヌマブを基本的には承認する方向で進めることにした。

 

しかし、FDA側の担当者はただ無条件で通したわけではない。

「我々も、とりあえず承認するのはいいが、アデュカヌマブに効果があるとはっきり納得したわけではないんでね。
承認後にもう一度審査するという条件をつけさせてもらう。
承認後の審査では有効性について厳しく見ていくつもりなので、そこんとこよろしくな。
ちゃんとデータ取っておいてくださいよ。 

というわけで、認可の際には「承認後も投与された患者にどのような効果が見られたかを調査すること、その結果によっては認可を取り消す可能性もある」という条件がつけられた。

まあこれは妥当だろう。

バイオジェン側もこれはべつだん異存はない話だったはずで、「わかりました、我々もそれは当然実施する予定でいましたので、承認後の審査までにはデータを揃えておきます。」とでも答えておけば済む話だ。

 

かくして、めでたくアデュカヌマブの承認が決定されたのである。

 

だが、会議が終わりかけたその時、

特に承認結果には関係のない雑談なんだけどさあ…。」

と前置きした上で、FDA側の委員は聞いたはずだ。

この薬、商売になるの?」と。

少なくとも、粒沢が審査担当者だったら絶対聞く。
「我々FDAの仕事は承認するかどうか決めるだけだから、儲かるかどうかは知らんけどさ。」
とか言うかもしれない。 

 

で、粒沢がバイオジェン側の担当者だったら、

「それはGood questionですね…いずれ儲かるようになると信じています〜!

と笑顔で希望的観測を述べて、お茶を濁すしかないなと思う。

 

何しろ、アデュカヌマブの投与にはめちゃくちゃ金がかかるのだ。

有効性を発揮する高濃度(10 mg/kg)でアデュカヌマブを投与しようと思うと、必要な薬代だけで、一人当たり年間56,000ドルにのぼる、というのがバイオジェン側の公式発表だ。

1ドル100円換算で、ざっくり年間560万円である。

よほどお金持ちでもないと、まず支払う気にならない額だ。誰が買うんやこんなモン

 

もちろん、何らかの公的な保険制度の適用対象になれば、利用者から見れば薬は「安く」なる。

(日本のような国民皆保険ではないが、アメリカにも高齢者向けの政府運営の保険制度はある。後述予定。)

 

だが、既存の公的な保険制度は、近年の超高価な新薬に対応できるような前提の積立額を加入者から徴収していない。

つまり、医療保険の支出額が増加してしまい、保険制度そのものが破綻してしまう可能性が高い。

それを防ぐためには、保険料を大幅に値上げすることになるだろうが、薬を利用するつもりのない普通の人からしたら「余計な負担額を増やすな」と言われても仕方がないだろう。

 

ここがまさに、「成功報酬型の価格設定」により高価な新薬が気軽に市場投入されるようになることの闇の部分であると、粒沢は考えている。

 

実際、アメリカでは、アデュカヌマブを「なるべく使わせない」ようにする対策がすでに始まっているらしい。

 

続く

ここまでのあらすじ。(大規模治験編その①はこちら

新薬アデュカヌマブの認知症抑制の効果は、大規模な治験のデータによれば、すげえ微妙なライン。
「こんなの認可していいのか?」と大論争に。 

ただ、最近、欧米では医薬品価格の考え方が大きく変化しており、「成果報酬型の価格設定」が採用されている。
このことが、承認への追い風になっていることは、状況からみてほぼ間違いない。

 

成果報酬型の価格設定は、リスキーな新薬の開発に取り組んでいる製薬会社からみればメリットの大きい制度だ。

効果が不透明でかつ薬価が高くても、「とにかく少しでも効き目がありそうならお金を払いたい」という人はいるだろうからね。

 

実際、バイオジェン社は、アデュカヌマブの価格に関して、この「成果報酬型の価格設定」を採用するつもりだという。

現在、バイオジェン社とエーザイ社は、民間の医療系保険会社のCigna社と、具体的な価格設定や成功の条件について決める契約を締結する予定だと、プレスリリースで発表している。

 
このあたり、ちょっと丁寧に説明したほうがいいかもしれない。 

なかなか日本人には馴染みが薄いのでわかりにくいところだが、こうした成功報酬型医療の価格設定の交渉は製薬会社と医療系の保険会社との間で行われるものなのだ。

 

患者としてはあらかじめ保険会社と契約して、保険商品を買っておく。

海外には日本のような国民皆保険というものは基本的にないので、医療保険を希望するなら原則として自分で民間保険会社を探して加入しなければならないのだ。

 

保険会社は、結ばれた契約に従って、必要が生じたときに医療を患者に提供する手配をする。

そして、製薬会社にお金を支払ったり、場合によっては患者から追加料金を徴収することもある。

法律や会計、医学などの専門知識が必要な部分は医療系保険会社がカバーするため、患者は通常は保険会社の提供するプランの中から選ぶだけでよく、あとの面倒な部分は保険会社に任せておけばよいのだ。

 

逆に言えば、新薬が広く使われるかどうかの鍵を握っているのは、保険会社であるといっても過言ではないのである。

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↑粒沢が、今すっごい適当に書いた保険会社との契約〜治療〜評価のイメージ。大筋ではだいたい合ってると思う。


というわけで、FDAとの交渉の席では、 

「成功報酬型の価格設定であれば、患者が『効果が得られなかったのにもかかわらず高い報酬を払わされた』というような問題は起きないと考えられます。

それに、過去にも高額な新薬で認可され、成功報酬型の価格設定で販売されている薬や医療サービスはいくつもありますよね。

アデュカヌマブの場合だけ認可をいただけないというのは、筋がとおらないのではないかと考えます。」
バイオジェン側の交渉担当者は、多分こういう趣旨の主張をしたんでしょう。

FDA側も、そういわれてしまっては「ぐぬぬ…」となったに違いない。

 

「OK、あんたらの論理はわかった。我々の負けだ。基本的には、承認はする方向で検討しましょう…。」

FDA側も、最終的にはバイオジェン側の言い分を認めざるを得なくなったと思われる。

長い論争は、バイオジェン側の勝利という形で、一応は決着がついたのだ。


「たださぁ…。」
FDA側は何かいいたそうである。 

 

続く

(前回、『成果報酬型の問題点!』みたいな感じで引っ張ったのに全然そういう内容になっていない…ごめん。そのへんは明日の内容になりました、ということで。) 

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ここまでのあらすじ。

認知症の新薬候補アデュカヌマブは、認知症を抑える効果は一応ありそうな気もするけど、効果が出るかどうかは良くてもケースバイケース。(アデュカヌマブ大規模治験編の①はこちら

しかも抗体なので高額であることが予想されるし、頭痛などの副作用が出る人の割合もかなり高い。

これで認可しちゃったら大変なことになるんじゃないの?というのが、規制当局である米国食品医薬品局(FDA)、そして多くの慎重派の懸念するところであったはずだ。
 

だが、欧米では医薬品の価格のあり方をめぐって近年大きな変化が起きているのである。

そのことが、アデュカヌマブの承認への大きな追い風になっていることは、状況から見てまず間違いないのだ。

  

これまでの常識では、薬の価格はあらかじめ決められているのが当たり前だった
だから、薬が効こうが効くまいが、患者の支払うお金は一緒であった。

おそらく、あまりにも当たり前の常識すぎて、そこに疑問を持つ人はほとんどいなかったのではないかと思う。

 

しかし、近年の欧米では、薬の価格のあり方に大きな変化をもたらすような流れが起きている。

「成功報酬型の医療(value-based healthcare)」というのがそれだ。

日本では、現行の医療制度そぐわないと言われており議論もほとんど進んでないが、海外では一部の高額な薬や治療法に対して、成功報酬型の価格設定が導入され始めているのだ。
(参考:
ニッセイ基礎研究所「成功報酬型の医薬品価格設定-効いたときにだけ薬剤費を支払う仕組みの課題とは? 」

 

これまでの医療では、患者が受ける薬や処置によってあらかじめ価格が決められていた。

だが、近年開発された医薬品や治療法には非常に高価なものが多い。

それなのに、同じ治療を受けても、体質によって回復する人もいれば、コストをかけたのに全く改善しない人もいる。

患者本人からしたら、お金を払ったのに治らなかったらもちろん困る
それに、仮に患者が保険に入っていて支払い額を抑えられるとしても、今度は保険会社が納得しないだろうから、あの手この手でこうした治療を使わせないようにする可能性が高い。

 

そこで、欧米では価格を「医療サービス提供者側の提供した労力の量」で決める仕組みを見直して、「患者が得られる利益」によって決めるという契約形態ができつつあるのだ。

薬や治療が効果を発揮すれば、患者側(患者本人や保険会社)は所定の費用を支払う。
仮に良い結果を得られなければ、患者側は費用を負担しなくてもいいことにする。

極端な話、治療が成功しなければ医療の提供側は丸損してしまうこともあるのだ。


そう書くと、一見、製薬会社が不利になったようにも見える。
 

だが、製薬会社としては、発展途上の治療法を患者に提供して利益を得る道が開かれるため、新薬の開発というリスキーなプロジェクトに挑みやすくなる。


まさに、アデュカヌマブのような新薬の開発を目指す企業のためにあるような制度といえる。
それに、新薬が開発されれば、その効果を享受できる患者にもメリットは大いにあるだろう。
ある意味、大変素晴らしい制度だ。

だが、あらゆる制度がそうであるように、成功報酬型の価格設定には光があれば影もあるのだ。

 

続く 


(遅刻してしまったが6/25の記事です!) 

 

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