粒沢らぼ。

当ブログでは現役生命科学系の研究者が、気になった論文を紹介したり、考えていることを共有したりしています。可能な限り意識を”低く”がモットー。たまに経済ネタとかも。
書いてる人:粒沢ツナ彦。本業は某バイオベンチャーで研究者をやっています。本名ではないです。
博士号(生命科学系)。時々演劇の脚本家、コント作家、YouTube動画編集者。アンチ竹中エバンジェリスト、ニワカ竹中ヘイゾロジスト。
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タグ:アルツハイマー病

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サンドロック氏
がバイオジェンやめる件。昨日の続き。

サンドロック氏の会社への貢献を振り返ってみる。

もともとスタンフォード大卒の医師であったサンドロック氏は、1998年にバイオジェン社に入社。

2003年には医師時代の元同僚であったニッチ博士が、アルツハイマー病の治療に役立つかもしれない抗体を発見した。

このニュースを知ったサンドロック氏は、古い友人であったニッチ氏をバイオジェン社に招聘してプレゼンをしてもらい、バイオジェン社がこの新薬の開発に巨額投資するきっかけを作った

CNBC“Moment of truth for Biogen’s big Alzheimer’s bet”

2007年には、ニッチ氏の会社は、このアルツハイマー病を治療する抗体についての権利をバイオジェン社に事実上譲渡する契約を締結した。

契約額はWikipediaによると2億ドル(200億円)だそうである。

2016年にNatureに論文が出るところまでは順調で治療効果も大いに期待できるとされ、バイオジェン社の株価も急激に上昇した。
が、FDAの申請に向けた第3相治験(EMERGE, ENGAGE)では極めて微妙な結果になり、論争を引き起こすことになる。


要するに、サンドロックさんはバイオジェンの成長の立役者であるが、同時に一旦始めたら後戻りのできない賭けに引き摺り込んだ張本人でもあると言うわけだな。


まあ、この点でサンドロック氏の責任をうんぬんするのは酷ではあろう。
技術ってのは、いったん走り出したら行き着くところに行くまでやめるわけにはいかないよね。

アデュカヌマブに関しては、もし成功すれば認知症医学に革命を起こし、巨万の富を稼げるというのは事実だったのだから。

ENGAGE治験の調査結果が出るまでは、分が悪いわけでは決してなかったしね。


サンドロック氏が今回やめるのも、批判されたからってのもあるだろうけど、アデュカヌマブに対して治験もいちおう終わったし責任も果たしたから「もうええやろ」と思ったのもあるかもしれないね。


仮にバイオジェンがアデュカヌマブを拾い上げなくても、認知症研究の歴史の流れの中で、サンドロック氏のポジションは、だれかが引き受けなくちゃいけないポジションだったはずだ。

途中までで賞賛されるのも、その後に批判されるのも含めて、ね。


うまくいくのかも全然わからない中で、
やはりそれなりの気苦労はあったんでしょうと想像する。

それなりにいい給料もらってたんだろうし(知らんけど)、別に割に合わない仕事ってほどじゃないだろうけどね。
 

とりあえずはお疲れ様です、と申し上げたいね。
今後どうするんだろうね。
退社して別の会社でも入るのかな。引く手はありそうだけどね。

(11/19の分のブログ記事です) 

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↑サンドロック氏(バイオジェン社ウェブサイトより)

ロイターが報じたところによると、バイオジェン社でアルツハイマー病治療薬()のアデュカヌマブの開発を主導していた、研究開発部門のトップのアル・サンドロック氏が会社を退職したらしい。
REUTERS "Biogen's research chief Alfred Sandrock to retire" 

アデュカヌマブはアルツハイマー病を治療する期待の新薬とされてきたが、治療効果は好意的に見てもかなり微妙であり、その割に薬の価格が高額すぎることが問題になっていた。(以前書いた
FDAの認可は(こんなもん認可すんなよ、という批判を巻き起こすことにはなったが)、一応降りた。
だが、ビジネスとしては市場の反応はよろしくなく、売り上げは当初の見込みを大幅に下回っていた。
(2021年第3四半期で10億円売り上げる見込みが、3000万円しか売れていないらしい。)

会社の一大プロジェクトが一応承認までこぎつけたのだから、これを機に主導していた人物が退職するのは、それ自体は不自然じゃないかもしれない。
けれど、それまでなんの前触れもなかったのに、いきなり「今年の12月いっぱいで退職します」、しかも「正式の後任は決まっていないので暫定的にSinghal氏が研究開発部門のトップに就きます」というのは、なんだかいかにも不穏だ。

なんでこのタイミングでサンドロック氏は会社をやめることになってしまったのか。
アデュカヌマブの薬効が期待したほどではなかったために売り上げもさっぱり伸びず、結果的にアデュカヌマブへの投資を後押ししてきたであろう立場のサンドロック氏は、社内でかなり厳しい立場に置かれてしまったのかもしれない…と推測はできる。
それに、アデュカヌマブ開発の顔役であったサンドロック氏は、外部からの批判者からの批判の矢面に立つ立場だ。
社内でも社外でも厳しい批判にさらされてしまったために、「もういい!もう会社やめる!」となってしまったのかもしれない。

アデュカヌマブは、公式にはまだ一応逆転勝利の目はある。
米国の公的な保険制度が、薬の費用の一部を肩代わりすると決定すれば、バイオジェン社は大儲けができるといわれている。
アルツハイマー病の予備軍の人はめちゃくちゃ多いから、そのほんの一部でも薬を使ってくれれば相当な収入が見込めるのだ。
だけど、このタイミングで逃げるように辞任したということは、保険制度が肩代わりする見込みもかなり低いという見通しになってしまったのかもしれないな。

なんにせよ、粒沢としては「ざまあ」とかそういう感情はなく、「お疲れ様でした」という感想が強い。
明日の分ではサンドロック氏のこれまでの活動に敬意を表して、氏のこれまでのバイオジェン社との関わりについて書く予定。

(11/18分の更新です)

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そういうわけで、認知症治療薬(自称)のアデュカヌマブはなんとかFDAに承認されたはいいけど、いろいろ問題が山積み
(大規模治験編その①はこちら

いろいろ詳しくみてきたけど、自分が老境に差し掛かった時に、アデュカヌマブを使って認知症を防ぎたいと思うかと言うと、現時点ではやっぱりノーだなあ。

よっぽどお金が有り余ってたら別かもしれないけどね。

じゃあ今後はどうなるのって話ですが。
今後のアデュカヌマブがらみの注目ポイントとしては、以下のような点にまとめられると思う。

1. 利用者にとっての価格は?保険適用になるのか?
価格が量産化で安くなったり、保険適用になったりすれば、利用者は増える。
だが、公的な保険適用で賄う場合は、薬を使わない納税者への説明は非常に難しくなると思う。
今の時点では粒沢は反対だなあ。
やるなら、「アデュカヌマブ使うかもプラン」みたいなのを用意して、あらかじめ高額の保険料を上乗せして払った人だけにすべきじゃないかな。

2. 薬の効果が出やすい条件は見つかるのか?
今の時点では、薬の効果が出る人と出ない人がいる。
薬の効果が出ない人に高価な薬を投与するのは、副作用の懸念もさることながら、薬を”無駄打ち”することになるので、成果報酬型の価格設定の元では薬価の高騰につながってしまう。
なるべくなら、効果が出る人に限定して薬を使いたいよね。
EMERGEやENGAGEの治験と同じような投与の仕方をしても、やっぱり微妙な結果しか出ないだろう。
ただ、もしかすると「ある特定の条件に合致した人(何らかの遺伝的な変異をもつとか、脳内のアミロイド量がいくつ以上とか)には、有効性が高い」といった条件が今後見つかってくるかもしれない
そうなれば、アデュカヌマブの利用価値が上がるという展開も一応ワンチャンある。
逆に、そういう条件でも見つからないと、承認後再審査を突破するのは、現実問題そうとう厳しいだろうね。

3. 長期間投与すると薬の効果はどうなるのか?
あとは、長期間投与したときの認知症抑制効果がどれくらいなのかも気になるな。
治験だと1年半くらいしか投与できなかったけど、それ以上ずっと継続したら、認知症進行抑制の差がプラセボ群と投与群の間で大きくなる可能性も一応あるよね。
長い間投与し続ければ重篤化をかなり抑えられるというなら、面白くなるかもなあ。

4. アミロイドを標的とする以外の戦略は?

科学や医療に詳しい専門家たちも、さすがに今回の件はどちらかというと失望気味の反応の方が大きいようで、「βアミロイドをを減らせば認知症進行を抑えられるはず」という戦略そのものがオワコンなのであきらメロンと指摘する声もある。(Herrup and Goulazian "Bad medicine: aducanumab is a lackluster drug with a high price tag"とか)

なにしろ、アデュカヌマブはβアミロイドをはっきりと現象させたのにもかかわらず、認知症の改善・予防効果はかなり限定的だったからね。

代わりに、それ以外の手法に注目が集まりつつある。
たとえば、タウというタンパク質も認知症の原因であるといわれており、これを標的とする治療法が開発研究されている。(abcam「タウ・タンパク質とアルツハイマー病」
βアミロイドに見切りをつけた製薬会社や投資家たちが、今後はこうした別手法による認知症治療に投資をしてくるだろう。
仮に、きちんと効果があって、安価で、副作用の心配のない治療法が見つかったら、すごいインパクトだし、儲けもすごいことになるわけだからね。
そういうので今後いけそうなやつが出てくるかどうか、ですね。
なんにせよ、人類が認知症治療そのものを諦めるには、まだ早すぎるということのようだ。


じゃあこの話はこのへんで。お疲れ様でした〜。

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ここまでのあらすじ。(大規模治験編その①は
こちら

アデュカヌマブは認知症の改善効果がそれほど強くないのに、相当な高額である。

もし、公的な保険制度の適用対象となってしまった場合は、治療効果が微妙なくせに異様に保険制度の収支を悪化させる原因になりうるのだ。


アメリカでは、日本のような国民皆保険ではないが、高齢者(65歳以上)か障害者であれば加入する公的な医療保険制度のメディケアというものがある。

製造元のバイオジェン社としては、アデュカヌマブがこうした医療保険制度の対象になることを狙っていたと言われる。

もし認められれば、自己負担割合は基本的に20%(自己負担上限額なし)なので、「8割引」で利用できることになる。

 

そうすれば確かに利用者にとっては「利用しやすくなる」し製薬会社(バイオジェン)も儲かるが、残り8割の負担を求められる保険の方は大変だ。

なにしろ、痴呆症は「何万人に一人の難病」のような生やさしいものではない

誰でも歳をとってくれば、自然になってしまう可能性がある。

しかも、アデュカヌマブのデータが発表されている通りなら、「重度の認知症になってしまった後」にアデュカヌマブを一生懸命注射しても、ほとんど意味がない

「認知症と言っても症状が軽く、比較的健常者に近い段階の人」が薬を使うことで、それ以上の認知症の進行を抑えようという薬だったはずだ。

 

え?そんなおじいさんやおばあさんめっちゃたくさんいるよね??それめっちゃ対象者多くない?」

そうなのである。

ぶっちゃけ、認知症が恐ければ(お金の問題と副作用の懸念さえクリアできるなら)健康な人であっても、薬を使うメリットがあるかもしれないのだ。

 

こんな具合なので、この薬の潜在的なユーザーは高齢者のほぼ全員と言ってもいいレベルで、アホみたいに多いのである。

その高齢者たちが、もし仮にこぞって公的な保険を活用してアデュカヌマブを投与し出したら何が起こるか

年間費用が560万円と試算されている薬(保険側が8割負担でも)を、である。

小学生でもわかるように、保険制度が破たんしてしまう。

 

それを防ぐために、米国の地方自治体(メディケアの運営者たち)はある「対策」に乗り出した

Forbesの記事によると、メディケアの規約が今年の2月に改正されて、「メディケアの保険適用の対象となるのは、合理的でありかつ必要な医療のみである」「合理的で必要とはすなわち、効率的かつ安全であり、実験的ではない治療法である」との文言が加わることになった。

これはアデュカヌマブの登場に対する対策なのではないか、と一部でささやかれているらしいのだ。

 

アメリカのICERという研究機関の推計によると、公開されているアデュカヌマブのデータから推計した場合、薬を使用することによって患者が得られる利益を金額に換算すると、およそ年間2,500ドルから8,300ドルの間ではないかと言われている。

一方、薬の価格は先ほど述べたように一年あたりでおよそ560,000ドルと言う事だから、これは明らかに「効率的ではない」のではないかというわけだ。

 

もし新薬が公的な保険制度の対象にならないのであれば、保険の破たんはとりあえず防がれる。

だが、その場合、薬が目論見通りに売れず、コストを回収することもできず、バイオジェン社は大変苦しい立場に立たされる可能性が高いだろう。

 

さてさて、どうなるやら見ものである。

 

次でラストかな。

 

続く

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ここまでのあらすじ。(大規模治験編その①は
こちら

新薬アデュカヌマブは認知症の改善効果がなくはないようだが、エビデンスとしては弱い

だが、FDA側もとうとう折れて、アデュカヌマブを基本的には承認する方向で進めることにした。

 

しかし、FDA側の担当者はただ無条件で通したわけではない。

「我々も、とりあえず承認するのはいいが、アデュカヌマブに効果があるとはっきり納得したわけではないんでね。
承認後にもう一度審査するという条件をつけさせてもらう。
承認後の審査では有効性について厳しく見ていくつもりなので、そこんとこよろしくな。
ちゃんとデータ取っておいてくださいよ。 

というわけで、認可の際には「承認後も投与された患者にどのような効果が見られたかを調査すること、その結果によっては認可を取り消す可能性もある」という条件がつけられた。

まあこれは妥当だろう。

バイオジェン側もこれはべつだん異存はない話だったはずで、「わかりました、我々もそれは当然実施する予定でいましたので、承認後の審査までにはデータを揃えておきます。」とでも答えておけば済む話だ。

 

かくして、めでたくアデュカヌマブの承認が決定されたのである。

 

だが、会議が終わりかけたその時、

特に承認結果には関係のない雑談なんだけどさあ…。」

と前置きした上で、FDA側の委員は聞いたはずだ。

この薬、商売になるの?」と。

少なくとも、粒沢が審査担当者だったら絶対聞く。
「我々FDAの仕事は承認するかどうか決めるだけだから、儲かるかどうかは知らんけどさ。」
とか言うかもしれない。 

 

で、粒沢がバイオジェン側の担当者だったら、

「それはGood questionですね…いずれ儲かるようになると信じています〜!

と笑顔で希望的観測を述べて、お茶を濁すしかないなと思う。

 

何しろ、アデュカヌマブの投与にはめちゃくちゃ金がかかるのだ。

有効性を発揮する高濃度(10 mg/kg)でアデュカヌマブを投与しようと思うと、必要な薬代だけで、一人当たり年間56,000ドルにのぼる、というのがバイオジェン側の公式発表だ。

1ドル100円換算で、ざっくり年間560万円である。

よほどお金持ちでもないと、まず支払う気にならない額だ。誰が買うんやこんなモン

 

もちろん、何らかの公的な保険制度の適用対象になれば、利用者から見れば薬は「安く」なる。

(日本のような国民皆保険ではないが、アメリカにも高齢者向けの政府運営の保険制度はある。後述予定。)

 

だが、既存の公的な保険制度は、近年の超高価な新薬に対応できるような前提の積立額を加入者から徴収していない。

つまり、医療保険の支出額が増加してしまい、保険制度そのものが破綻してしまう可能性が高い。

それを防ぐためには、保険料を大幅に値上げすることになるだろうが、薬を利用するつもりのない普通の人からしたら「余計な負担額を増やすな」と言われても仕方がないだろう。

 

ここがまさに、「成功報酬型の価格設定」により高価な新薬が気軽に市場投入されるようになることの闇の部分であると、粒沢は考えている。

 

実際、アメリカでは、アデュカヌマブを「なるべく使わせない」ようにする対策がすでに始まっているらしい。

 

続く

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