粒沢らぼ。

当ブログでは現役生命科学系の研究者が、気になった論文を紹介したり、考えていることを共有したりしています。可能な限り意識を”低く”がモットー。たまに経済ネタとかも。
書いてる人:粒沢ツナ彦。本業は某バイオベンチャーで研究者をやっています。本名ではないです。
博士号(生命科学系)。時々演劇の脚本家、コント作家、YouTube動画編集者。アンチ竹中エバンジェリスト、ニワカ竹中ヘイゾロジスト。
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タグ:アデノウイルスベクターワクチン

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アストラゼネカの新型コロナのワクチンを接種した後にVITT(血栓症・血小板減少症)を発症してしまう場合がある
というイギリスの研究が発表された件。
VITTになる人は5〜10万人に1人くらいおり、そのうち5分の1ほどが死亡してしまうという。(前回はこちら)

10万人に1人というのは、まあ実際のところ、相当低い確率だ。
サイコロで言うと、6面の普通のサイコロを6個同時に振って、一発で全部「1」を出す確率が、10万分の1に近い。(1/6 × 1/6 × 1/6 × 1/6 × 1/6 × 1/6 = 1/46656)
普通に考えて、日常生活としては起こり得ない確率というべきだろう。

だが、数十万人が同時にこのゲームをしたら、期待値として数人は”当たってしまう”のも事実だ。

確率は低いとはいえ、VITTは1/5で死亡するらしいし、死亡しないにしても後遺症の残る可能性も(おそらく)あるし、しかも年齢にあまり関係がなく発生しているように見える(前回参照)。
避けられるなら避けたいことは間違いない。

一方で、ワクチンを打つことのメリットは新型コロナに感染して死亡する確率をかなり減らすことができるというところである。
そもそも新型コロナで死亡する年齢別の確率はどんなものだろうか。

昨年の秋にNatureに載った研究(O’Driscoll et al, 2021, Nature. https://doi.org/10.1038/s41586-020-2918-0 )によると、世界中のデータを元に推定した結果では、新型コロナに感染した後に死亡する確率は、20代で大体1万分の1、30-40代で千分の1、50-60代で1パーセント前後、70代以上で数%〜数十%くらいらしい。
(もしかしたら、デルタ株だとこれよりも高いかもしれない。)

ODriscoll-fig2a
↑O’Driscollらの推定による、新型コロナ感染後の死亡率。年齢が上がるほど基本的に死亡率が上がる。縦軸が対数であることに注意。

厄介なことに、「アストラゼネカのワクチンで、5〜10万分の1の重大な副作用」というのは、特に20代以下の人にとっては、新型コロナに感染して死亡してしまう確率と割といい勝負をしてしまうようだ。
当然ながら、いろんなこと(感染してしまうことの確率をどれくらいに見積もるかとか、死なないまでも感染することの不利益や苦痛、後遺症など…)をどう考えるかにもよって、結論は変わりうる。
しかしながら、考えようによってはワクチンのリスクが上回ってしまうことすらありうるラインだ。

ほとんどの人にとってメリットが上回りそうだと思うけれど、正直絶対の自信を持って万人に推奨できるほどでもないと粒沢は思う。
20代の若い人は、現状では可能であればファイザー・モデルナなどの他のワクチンを打った方がいいかもしれない。

5〜10万分の1はとても低い確率だが、「だからこのワクチンは問題ない」と言えるとは限らないのではないか。
接種に当たっては、慎重なリスクとメリットの比較の議論と、丁寧な説明が必要だと思う。 
まあ、血栓症の原因が特定されて、問題が解決するのが一番良いのですけどね。

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アストラゼネカのワクチンの副作用で「死亡率22%」
との報道。
TBS NEWS「アストラゼネカワクチン副反応の血栓症『死亡率22%』英研究
 
これに対して、「あくまで血栓症を発症した人の中での22%だろ、紛らわしい見出しつけんな」とのツッコミがツイッターで話題に。
血栓を発症する確率は50,000人に一人くらいとのことで、「パーセンテージで言うと0.00044%だね。」と言われておりました。

まあ、確率をどう受け取るかは人それぞれです。
でも、考えようによっては、「50,000人に一人の確率で血栓症になる」って、国全体として見るとそこそこの確率だよね。

仮に1億人にアストラゼネカの新型コロナワクチンを接種したら、「2000人に血栓ができて400人死亡する」、あくまで仮定に基づく単純計算でしかありませんが、数字が言っているのはそう言うことになります。
国全体で400人死亡と言われれば、まあまあの災害認定されてもおかしくない気がします。

そもそも本当に報道されている内容が正しいのか?というところから気になるので、例によって原著論文をあたってみます

Clinical Features of Vaccine-Induced Immune Thrombocytopenia and Thrombosis
Pavord et al (2021) NEJM
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2109908

アストラゼネカのワクチンを接種すると血栓症(thrombosis)とか血小板減少症(thrombocytopenia)になってしまうことがあるのではないか、という懸念が、今年の3月ごろ持ち上がった。
この症状は、ワクチン由来の血栓症・血小板減少症(Vaccine-induced thrombosis and thrombocytopenia)の頭文字をとって、VITTと呼ばれている。
どうやらごく稀にVITTを発症してしまう人が出るらしいと言われつつも、どれくらいの割合かというのはこれまでわかっていなかった。

今回、8月11日に公開された論文では、オックスフォード大(アストラゼネカのワクチンの開発元の一つですね)などのチームが、今年の6月6日までの間にイギリスで起きた血栓などの症例を集計して分析した。
ワクチンの接種開始は今年の1月だから、おおよそ5ヶ月間の間のデータだ。

研究者たちが分析した結果、220人の患者が、新型コロナのワクチン接種後に血栓などを生じていたとのことで、VITTと診断された。
VITTと認定された人全てに共通していたのは、アストラゼネカの新型コロナワクチンの一回目を接種した直後(ほとんどが30日以内)だったということだ。
Pavord2021Fig1B
↑ワクチン接種後、VITTを発症するまでの日数。赤いのは、その後亡くなった人。

VITTを発症した人は、特に何らかの基礎疾患があったわけではないと考えられており、発症した人の年齢もバラバラであるとのこと。

Pavord2021Fig1A
↑ワクチン接種後VITTを発症した人の年齢の分布。赤いのは、その後亡くなった人。確かに5分の1くらい亡くなっている。

正確な確率は確定していないとはいえ、この期間内にイギリスでアストラゼネカのワクチンを接種された人は1600万人に上る(50歳以下に限定すると800万人)ということだ。
そのうち220人だから、少なくともアストラゼネカ接種者の5〜10万人に一人の割合で、VITTが起きてしまう可能性があるということらしい。
上記のような経緯だから、3月までに接種した人の中で、VITTになったのに見逃しがある可能性もある。(判明した分はなるべく含めているとのことだが)
だから、もしかするとVITTになる確率はこれよりもいくらか高い可能性もあるらしい。

というわけで、(疑って悪かったが)見出しはともかく報道の記事内容自体は正確だったと言えると思う。

VITTになる確率は、確かに相当低い。
だが、特に若い人の場合は、新型コロナで死んでしまう可能性も低いわけで、「5-10万人にひとりという確率は正直どうなん?と思わざるを得ない感じになってきたな」、というのが粒沢の感想である。

続く 

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アストラゼネカのワクチンは打てるなら打った方がいいのは間違いないんだけど。

以下は細かい話で普通の人はあんまり考えなくてもいいかもしれない。

昨日の記事を書くのに調べたら面白かったんで、メモとかトリビア程度の話。

 

オックスフォードの人たちがアストラゼネカのワクチンの治験のデータを分析したところ、ワクチン1回目と2回目の間が2ヶ月以上開いていると、その後の感染予防率が割と良いらしい。

 

1回目と2回目の間が8週間以下だと感染(症状あり)が30-50%程度抑えられるのに対して、9週間以上間を開けると感染(症状あり)が70%程度抑えられるというデータになったらしい。

 

 Voysey2021Fig1A

↑横軸が1回目と2回目の間の期間。縦軸が有症状感染を防いだと考えられる割合。期間を2ヶ月以上あけると、有効率が安定してくるようだ。

 

どうやら、2回打つ場合は、あんまり慌てて2回目を打たないほうがいいのかもしれない。
2回目の接種は(少なくともアストラゼネカのワクチンでは)免疫を長期に持続させるのに有効だと考えられるけど、あまり早く打ってしまうと若干効果が落ちる?
ちょっと直感に反するけどね。 
細かいこと気にしていると接種の現場が混乱するから、あんまり真剣に気にしないほうがいいかもしれんね。 
まあ、すぐに2回目打てなくても慌てなくていいよ、くらいの話かも。 

 
じゃあこの現象はアストラゼネカのやつだけなん?と思ったら、
ファイザーのmRNAワクチンでも似たような現象が見られるらしいんだとか。

 

続く

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前回の続きで、アストラゼネカのワクチン、ファイザーとかと比べて性能低いって言われがちなんだけど本当なの?っていう話。

ワクチンの効果を比較したレビュー論文(Sadarangani et al, (2021) Nat. Rev. Immunol.)読んだけど、たしかに効果の数字上はファイザーとモデルナの方がやや高い
アストラゼネカのアデノウイルスベクターを利用したワクチンは、接種1回目の三週間後から、およそ70%の感染削減効果がある。
この削減率がファイザーやモデルナのmRNAワクチンの”およそ95%”よりも低いために、「アストラゼネカのワクチンは性能が低い」と評価する人も多い。

だが、重症化の予防効果についてはどうか。
もちろん感染しないのが理想ではあるが、感染しても無症状やごく軽い症状で済んでしまうなら、その方がいいに決まっている。

アストラゼネカのワクチンの治験(第3相の治験の結果 Voysey et al, (2021) Lancetより)では、対照群(つまりコロナに対するワクチンを打たなかったグループ)では、1回目の偽薬接種から三週間以降調査終了までの間に、8581人中15人が新型コロナで病院に収容された。
では、アストラゼネカのワクチンを打っていた接種群ではどうだったかというと、8597人中、おどろきの0人であったという。
数字上は、”100%の確率で入院するような重症化を防止した”と言えるわけだ。
(なお、この調査のワクチン接種グループでは、調査期間中コロナにかかって死んだ人は0人であった。対照群では1人だけだった。)
まあ、もともと入院する人の数が少ないので、あまり強力な証拠とはみなされていないみたいだけどね。

また、治験とは別のイギリスで行われた調査( Hyams et al, (2021) )では、ファイザーやアストラゼネカのワクチン接種が高齢者の入院を減らすのに有効だったどうかを調べている。(現時点では査読通過してないプレプリント論文だけど、そのうち有名医学誌に載ると期待される)
この調査において、ファイザーのワクチン接種群では入院する割合は70%下がっていたのに対し、アストラゼネカのワクチン接種群では入院する割合は80%下がっていたそうだ。(どちらも一回だけ接種した場合の数値)

要するに、どちらの調査を見ても、アストラゼネカのワクチンは、重症化を予防する効果は基本的にファイザーのmRNAワクチン並みにあると期待できるのだ。

接種から時間が何ヶ月も経ったり、デルタ株蔓延したりした後だと多少は効果が落ちる可能性はあるが、それはどちらのワクチンも多分同じだろう。

自分で原著論文読むとよくわかるけど、「アストラかよー」とか言って謎にビビったり不貞腐れたりせず、素直に打った方が得ですわ。
ガンガン打っていきましょう。それで間違いないです。

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40、50代にアストラゼネカ製のアデノウイルスワクチンを打つと聞いて「性能の低いワクチンをロスジェネ世代に打たせるとは何事だ!ひどすぎる!」とキレてる人がなんか多いらしい
(FNNプライムオンライン「40歳以上にアストラゼネカ製接種を検討 40代、50代で重症者増」 
↑Twitterで上記のニュースに対する反応を見ると、なんかそういう人が多かったです。

まあ、理屈から言えば、日本の経済を回して支える中心であり、なおかつコロナで死亡する可能性が無視できないほど高い40、50代こそ、性能のいいワクチンを打つべきだったかなと言う気はする。
ほんとロスジェネってなんでも後回しにされがちだよな。
それはそう思うわ。
けど、まあ3ヶ月前とかにこの状況を予見できた人はいなかったっぽいので、まあ今更言ってもしゃーないすね。
そんなん怒るより、打てるワクチンあるならさっさと打った方がメリットあるよ。

なんか、マスクでウレタンがダメとかそういう話でも思うんだけど、「一番いいやつじゃないなら全て最悪」みたいな極論に陥るひとが、インターネットだと多い気がするよね。
より良いものを求めるのは人間の性だとは思うけど、今の場合少しでも早く、多くの人のリスクを下げることの方が大事なので。

大体、重症化しちゃうのって、人体の免疫系が見慣れないウイルスを素通ししたり、逆に関係のない細胞を混乱して攻撃し始めることなわけですよ。
ワクチンで一度でも体に「これは異物だぞ」とあらかじめ教えとくと、仮に感染しても助かる確率がグッと上がることは間違いないんで、やっときましょうね。

どうせさ、このペースでデルタ株みたいな新しいウイルスが次から次へと生まれたら、その都度ワクチン打ち直さないといけないっぽいよね。
一番いいやつを打ったら終わりって話じゃないんですよ。
多分(粒沢の予想では)この先の人生で何十回と打つことになるんで、
中身にいちいちこだわるよりも、細かいこと気にせず打つ方が絶対いいっすよ。 

あと、そもそもの話なんだけど。
論文読んでる限り、アストラゼネカのワクチンの性能って、そこまでファイザーやモデルナと大差ないっすからねえ。
長くなるからその辺は明日に回すね。

続く 

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