粒沢らぼ。

当ブログでは現役生命科学系の研究者が、気になった論文を紹介したり、考えていることを共有したりしています。可能な限り意識を”低く”がモットー。たまに経済ネタとかも。
書いてる人:粒沢ツナ彦。本業は某バイオベンチャーで研究者をやっています。本名ではないです。
博士号(生命科学系)。時々演劇の脚本家、コント作家、YouTube動画編集者。アンチ竹中エバンジェリスト、ニワカ竹中ヘイゾロジスト。
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2020年01月

米国で逮捕されたハーバード大学の著名教授の研究について調べた件①の続き。

リーバー教授のナノワイヤーを始めとするナノ物質科学の研究、眼球の中の網膜に電極取り付けるのは派手で目立つけど、一方で基礎的な現象の研究もずっと行われてきたわけで(自分はその詳細まで追えてないけど)、
30年以上にわたる長年の蓄積はきっとものすごい財産なんだと思う。

そのような人材を中国が欲しがるのも全くわかる話だよね。

 

多分逮捕された研究者本人には当初は悪気とか一切なくてラボ運営のためのカネもらえるなら協力でもなんでもするわ、って感じだったと思うんだよな。

 

そして米国人の科学者はともかく、米国の当局としてはアメリカの技術的優位性を維持するために中国に技術を渡したく無いというのもものすごくわかるよね。

日本が最近世界で売れるものを作れていない原因の一つに、アジアにアウトソーシングしまくった際に技術流出させちゃって、技術的優位がなくなったせいだなんて話も聞いたことがある。

 

世界が鎖国的な方向に向かうのは残念という見方もあるけれど、基本的に自分の国で開発した技術は自分の国を発展させたりビジネスで成功するのに使って欲しいとその国の政府や国民は考えるだろうな。

そうでなければ、税金などから技術に投資した甲斐がないしね。

ましてや敵対的な関係にある国に技術を流すのは、将来的にみて自国を危険に晒したり没落を招く危険性があるということなら、尚更だわな。

 

しかし、「自分で新しい分野を開拓し、多数の新しい技術を開発して世の中に多大な影響を与え、学会の第一人者として名声を欲しいままにしたハーバード大学の教授」なんて、これ以上ないサクセスストーリー、科学を志したことのある人なら羨ましいなんてものじゃないんじゃないか。

前回のNYTの記事でも言われていたけど、「これ以上望むものなんてありますか?」って感じの人生だよね。

まあ、応用や世の中の役に立つなんて興味ない、みたいな考え方もあるんだろうから、みんながみんなではないのかもしれないけどね。俺はやっぱり羨ましいぞ。

そういう人が、中国と関わっただけで逮捕されてしまうというのは、ちょっと可哀想だという気もしなくもないな。

実際にどういうやりとりが中国や当局との間であったのか、因果応報な部分もあるのか、それはちょっとわからないけれどね。

いずれにせよ、逮捕まで含めても、波乱万丈のものすごい人生であることには間違いないな。

中国から給与や研究資金を受け取っていながら、それを報告する義務を怠っていたとして、ハーバード大学の著名な化学者であるチャールズ・リーバーCharles Lieber教授が逮捕されたという。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-01-29/Q4ULT9T1UM0W01

 

中国は「千人計画」というプログラムで米国の優秀な科学者を中国国内に招いて研究や教育をさせているが、米中の関係が悪化する前後から、これは米国が持つ軍事などの技術を盗むための計画だと米国は考えているようだ。

リーバー教授は千人計画に関わったことを否定していたが、武漢の大学でラボを運営して多額の給与を受け取る契約を2011年に結んでおり、米国当局は2012年から千人計画の一員であったとみなしている。

 

NYTの記事によると、昨今は米国は中国に対する技術流出に非常に敏感になっており、これまでも中国に技術を漏洩した中国系の科学者などが逮捕されることはあったが、中国に資金提供を受けていてその報告を怠った米国人科学者、それも非常に高名で権威のある科学者が逮捕されるのは初めてと言っていいケースだそうだ。

https://www.nytimes.com/2020/01/28/us/charles-lieber-harvard.html

 

まあ、研究をするのにお金が必要なのは気持ちとしてはわかるが、嘘は良くないな。

まさか中国からカネを出してもらっただけでそこまでヤバい自体になるとは、契約を結んだ当時は思ってなかったんだろうけど。

 

この件がどう転ぶかはともかくとして、この教授がどのような研究をしていたのか興味を持ったので、少しばかり調べてみた。
教授のラボのウェブサイト
http://cml.harvard.edu/research/ に書いてあることほぼそのままだけど。
 

とにかく非常に小さなナノスケールのワイヤー状の構造物を作製する技術で多くの重要な業績を上げて、業界の第一人者と見なされているようだ。

ナノスケールのワイヤーは非常に小さいがゆえに通常サイズの物体にはなかった特殊な性質があり、使い方によっては光の進む向きを制御したり、電気回路の素子として利用したり、ものすごくいろいろな応用が可能である。

ナノワイヤーをFET(電界効果トランジスタ)に利用して、微量なタンパク質の濃度変化を電気信号に変換したりできる、という話くらいは自分もちょっとは聞いたことがある。

 

リーバー教授らは、最近はこうしたナノ構造物を神経科学・脳科学にも応用し、ナノサイズの構造をネズミの脳内や眼球内に挿入して、神経細胞の電気的活動を生きたまま直接記録するような研究も成功させているそうだ。
mouse-retina--m
https://www.the-scientist.com/modus-operandi/retina-recordings-reinvented-64941 

確かに生きた細胞の電気活動を直接計測できたらいいよなって思うけれど、自分だったらせいぜい針刺して筋電図みたいなの取るくらいしか思いつかんわ。

ここまでのツールを開発できるのはすごいなあ。

まあ、そりゃカネもかかったんだろうけどな。

自分なんかが改めていう必要もないけど、すごいのは間違い無いですわ。

米国で逮捕されたハーバード大学の著名教授の研究について調べた件②に続く。 

新型コロナウィルス肺炎の盛り上がりがある意味ですごいことになっている。

日本国内でも、バスの運転手が中国人旅行客から肺炎のウィルスをうつされたと疑われる事例まで発生してしまい、ウィルスの感染力の高さをはっきりとうかがわせる結果となった。

国内に入ってきており感染もする以上、好むと好まざるとにかかわらず、日本に住む我々はこのウィルスと免疫力や医療体制をもって戦わなければならないようだ。

 

それにしても、世界保健機関WHOがウィルスの世界レベルでの危険性を1月の23-25日の間は『中程度』としていたのを、後になって「表記ミスだった、我々は22日以降はずっと危険性が高いと認識していた」と『高』に変更したというニュースは流石にお粗末だなという感じがある。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200128/k10012261911000.html
 

詳細な状況がわかってきたから訂正するのはまだいいとして、「表記ミスだった」という言い訳は本当に如何なものかと思う。

 

確かに、下記の記事にもあるように、あまりにも早いパンデミックの宣言はSARSの際にパニックとワクチンの買占めを誘発したという批判もあったようだし、慎重になる気持ちはわからなくはない。

https://www.sciencealert.com/who-tries-to-correct-wuhan-coronavirus-risk-level
しかし、各国の医療機関や政府が判断の参考とする国際機関である。日本国内の個人や個々の医療機関が現地の情報もわからず判断しているのとは訳が違う。現地の情報も一番正確なものが潤沢に入ってきていて、それを専門家が検討した上で判断しているものかとほとんどの人は期待していたと思う。

 

それにしても、なぜ表記ミスと言い張らなくてはいけないのか。

これほど注目されている件で、三日間もの間、単なる表記ミスを放置するはずがない。

医療の専門家の間でも、意見が分かれて混乱しているのかもしれない。

また、中国が正確な感染者数や死者数、感染の強さなどの情報をWHOにあげていなかった可能性が各所で指摘されており、そうした政治事情も十分に加味した上で判断をしてほしいと思う。

 

 

それでも、危険性が高いと訂正して「大きな間違いだった」と認めている点は評価できる。

また、コロナウィルスに関するレポートは過去のものも含めて公開されているのも評価すべきポイントだと思う。
https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/situation-reports/
どうやらリスクの評価の部分は後出しで
26日以降に『中→高』と修正されているのでそれはずるいという気もするが、それでも残りのデータの部分は昔のものも閲覧できるようになっている。

だからこそ自分のようなものでも後から状況を知ることができるとは言える。
なお最新の報告書ではめちゃめちゃ視覚的にわかりやすくリスク高いよっていう感じにレイアウトが変更されていた。 
スクリーンショット 2020-01-29 0.35.54スクリーンショット 2020-01-29 0.36.24
上が1月26日版、下が27日版。レイアウトが大幅に変更され、危険性もオレンジの文字ででかく書いてありとりあえずわかりやすいことは確かだ。
ちょっと笑ったけど、まあ文字だけだとよく伝わらないし、見た目で危険性がわかりやすくなっている工夫自体は注意喚起しようという意識の現れということで評価していいと思う。

 

さて、コロナウィルスといっても以前調べて書いた通り、対策法は特別なものはない。(当ブログの1月21日の記事参照)

最近、一部の抗HIV薬にウィルスの増殖を抑える効果があるという効果も発見されたというが(当ブログの1月26日の記事も参照)、いずれにせよよほど重症化しない限り一般人が触れる機会はないだろう。

真面目に手洗いやうがいを励行するなど、インフルエンザなどと同様の感染症対策をしていくしかない。

自分の身の回りにまで広がって来ないことが理想だが、来た時のために体調などをしっかり管理して免疫力を高める体や習慣を作るしかないな。

今日は二つの異なる引き継ぎ資料のようなものを作る作業で1日がほぼ終了した。

一件目は、実験装置の不具合に関して関係者や装置の会社に問い合わせるための資料で、二件目はデータ分析で今直面している問題について専門家に状況を問い合わせるための状況説明だ。

 

二件目の資料については、最初は遠隔でもアドバイスがもらえるようにわかりやすいものを作ろうと思っていたのだが、あまりに言葉で説明できない要素が多すぎてギブアップした。

厳密にいうと言葉で説明できなくはないけれど、それをやろうとすると細かい注釈を山のようにつけることになって、結局こちらの状況を知らない人にはまるで読めないものになってしまう。

やはり対面で会話するのが一番伝わるということだ。

 

あと、近くでセミナー発表があったので聞きに行った。

終了後の質疑応答で、偉い人から割と空気を読まないというか、厳し目のコメントがあった。

経験の浅い新人達が、飛んでいた質問の意味がわからない上に失礼だ、とちょっと怒りながら言っていたのに対し、自分はその質問の意味は完全に妥当だと思ったので、「これが経験の差ってやつか…」という自己肯定感に包まれた。

まあ、ひよっこに勝ってもしょうがないんだけどな。

 

偉い人は、偉そうにコメントするけど、よくよく聞くとちゃんと中身のあることを言っていて、ダテに偉いだけじゃないのである。

というようなことが技術系の分野では割とよくある。

まあ中には無駄に偉いだけという人ももちろんいますけどね。

非技術系ではどうかは知らない。

 

帰り道。

日本人とアメリカ人やイラン人では多分いろんな物の見え方や考え方のベースが異なるんだろうな、例えば何が良い行いとされていて、どんな性質の人が社会の上層にいて、どういう行いがタブーとされているのか、みんな違うんだろうな。

ということを考えながら帰宅。

そういえばスーパーマリオでは、クッパ城に近づけば近づくほど敵の攻撃が激しくなるけど、あれはどのように解釈できるかというと、

  マリオの「キノコ王国」とクッパの「クッパ王国」の間には地理的な距離がある。

  「キノコ王国寄りの価値観」と「クッパ王国寄りの価値観」も、地理的な距離に概ね相関しており、グラデーションを為している。

  つまりクッパ城に近いほど歴史的・文化的背景からクッパと考え方を同一していてマリオに反発する住民が多い。

  だから、クッパ城に近づくほど、敵の攻撃が激しくなると考えられるのではないか。


image.png

自分で考えてすごく納得した。特に証拠はないが、きっとそうに違いない。

  

言葉で説明して分かり合える人とそうでない人がいるけど、考え方の基礎になる背景が違ったら…説明資料を綿密に練って用意してもなお分かり合えないのかもしれないな。

インターネットでは、中国の新型コロナウィルス肺炎について、「武漢の研究施設から漏れたのでは?」という説が出ている。

 

https://lineblog.me/yamamotoichiro/archives/13245314.html

 

上記のやまもといちろう氏のブログに手短にまとまっていたのでそれを読むと、

  武漢にはBSL-4のウィルスの研究施設が稼働している

  過去には北京のラボで複数回、SARSウィルスの漏洩が起きている、と2017年に米国の科学者が指摘している

  都市部である武漢の生鮮市場にいきなり野生動物由来のウィルスが出現するのは不自然

ということだそうである。

 

武漢にウィルスの研究施設があるのは事実であるので疑いが起きるのはもっともである。

都市部でいきなり出現したという点については、野生動物を媒介にしており生鮮市場で感染した野生動物の肉を売っていたなどの可能性を考えれば別段ありえなくはないと思うが、まあ不自然と言いたい気持ちはわかる。

 

気になったのは二つ目で、過去に漏洩を起こしていたという点については興味深いところである。

確かに、中国は日本と比べてあらゆる物品の管理が雑であるため、本来滅菌処理すべき汚染された廃棄物などが世の中で再利用されてしまうという事態がある、という話は聞いたことがある。

なので、確かにありそうかなあという気もするのであるが、それにしても管理が杜撰だというならウィルスの漏洩がもっと頻繁に起きていないとおかしいのでは?という気もする。

 

過去にSARSウィルスの漏洩が北京で複数回あった、というのは、やまもといちろう氏の記事を始めほとんどの媒体で、Natureの記事を根拠に伝聞的に言及されているだけなので、実際にどういう状況だったのかを知りたいと思って調べた。

米国のCenter for Arms Control and Non-proliferation (軍備管理センター?)から2014年に出ている文書PDFによると、北京で起きた漏洩というのは2回(人数でいうと4人)で、どちらも2004年のことであるようだ。

この文書によると、2004年の四月に中国の国立ウィルス研究所(NIV)の女性研究者と、その看病をした看護師と母親が感染し、母親が死亡するという事態が起きている。この女性研究者は生きたSARSウィルスを扱ってはいなかったという。

また、この件が起きた後に遡って調査したところ、2004年の2月にも2回のウィルス漏洩事故が起きていたとしている。

この件で、関係する部署の責任者や施設の所長などが処罰されたということだ。

 

自分がグーグルで調べた限りは、この2004年以降、公式にSARSウィルスの漏洩が中国で起きたと認定されたことはないようだ。

過去の複数回の漏洩というと、あたかも数年に一度起きているかのような印象を与えるが、実際に確認された事例としては2004年の2回しかヒットしないのは、かなり印象が違う。

 

2004年以降は危険な微生物の管理体制が改善されたのか、それとも中国のことだから、処罰されるのを恐れて隠蔽するのが上手くなったのか、それを断定する根拠は自分にはない。

ただ、「単純なミスで漏洩した」「漏洩の事実を認めないために初期の患者は正しく診断しなかった」のが中国の平常運転なのであれば、やはりSARSなど既知の感染症の漏洩がもっと頻繁に起きているはずじゃないか、という点で逆の意味で不自然だと自分は思う。
感染症の管理が杜撰なのに15年以上にわたって毎回隠蔽に成功するというのはちょっと納得しづらい。 

 

可能性が排除されたわけじゃないので個人で警戒する分にはいいと思うが、漏洩があったと断定する根拠は現時点ではかなり乏しい(ほとんど流言飛語のレベル)ということには留意して発言したい。

いずれにせよ、今後の経過を見たい。

 

 


引用url
例のNatureの記事
https://www.nature.com/news/inside-the-chinese-lab-poised-to-study-world-s-most-dangerous-pathogens-1.21487 

Center for Arms Control and Non-proliferationの文書
https://armscontrolcenter.org/wp-content/uploads/2016/02/Escaped-Viruses-final-2-17-14-copy.pdf 

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